竹島

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Re: 朱印状のまとめ

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/09 23:01 投稿番号: [12355 / 18519]
半月城さん

#12354 へのご返答をまだいただいていませんが、とりあえず、「朱印船が行くような異国」という表現は単に「異国」と書いても同じであり、要するに「日本以外のどこかの国の領土」の意味だと解釈します。認識に誤りがあればご指摘ください。

この仮定のもとに #12353 にお返事いたします。ここ数日、私なりに考察したことがあるため、少しこれまでと違うことを言っている個所があるかもしれませんが、ご了解ください。

> 1.
> 江戸時代、『隠州視聴合記』が書かれた斉藤豊仙のころ、
> 朱印状は原則的に日本国内問題にあっては「10万石未満の
> 所領安概・社寺領寄進」などのやや重大な案件に対して発行され、
> 些細な案件に対しては黒印状が発行された。
>
> 2.
> 朱印状は、異国がらみでは異国への朱印船や朝鮮への国書、
> 異国である蝦夷地との交易許可などで発行された。

1,2については、ひとまず承認して話を進めることにします。

ただし、これらは、今日の歴史研究の結果として我々が知っていることであり、斉藤豊仙が同じ知識を持っていたかどうかについては、別途考察が必要であることを指摘しておきます。


> 3.
> 竹島(鬱陵島)渡海許可書には老中の連署があるのみで、
> 実際には朱印状は発行されなかった。

これまで特に掲示板で異論も出なかったようなので、問題無いと思います。


> 4.
> しかし『隠州視聴合記』の著者である斉藤豊仙は、渡海許可書を
> 朱印状のごとく考えていた。

以下の表現であれば同意できます。

−−−−−−−−−−−−−−−−−
4’.『隠州視聴合記』の著者である斉藤豊仙は、村川氏が元和四年の竹島渡海に際して受け取った許可書を朱印状のごとく考えていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−

しかし、その許可書を渡海許可書と考えていたかどうか、また、元和四年以外の竹島渡海に関してどう考えていたかについては、判断を保留します。

なお私は、ここでの「朱印状」は、将軍の名前で発行される朱印の押された文書のことであり、必ずしも貿易の許可証とは限らないと理解しております。


> 5.
> 斉藤豊仙は竹島(鬱陵島)、松島(竹島=独島)を日本領とは
> 考えていなかった。同時に朝鮮領であるかどうかについては何も
> 語っていない。

ほぼ同意しますが、以下のように「直接的には」という言葉を入れていただく方が正確だと思います。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
斉藤豊仙は竹島(鬱陵島)、松島(竹島=独島)を日本領とは考えていなかった。同時に朝鮮領であるかどうかについては直接的には何も語っていない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

以前書きましたように、国代記の記述からは、竹島を朝鮮領とみなしていないことが間接的に読み取れると私は考えています。


> 6.
> 上記の状況から判断すると、斉藤豊仙は竹島(鬱陵島)を
> 朱印船が行くような異国と考えていたと思われる。

「上記の状況から判断すると」の部分をもっと詳しくご説明いただけませんか。

私が気になっているのは、具体的には次のようなことです。

焼火山縁起の竹島渡航に関するエピソードが斉藤豊仙の創作である筈はなく、神社に伝わる古文書なり、宮司や古老の話なり、何らかのオリジナル情報があったに違いありません。そして「朱印を賜り」という文言もオリジナル情報の中に既に存在した可能性があります。ひょっとすると、村川氏の関係者が祖先の業績に箔を付けるため、奉書ではなく朱印を賜ったという話をこしらえて吹聴していたかもしれません。

また、斉藤豊仙は一介の地方藩士にすぎないので、半世紀も前の時代である元和四年頃に、朱印状がどのような目的で発行されたかについて、あらゆるケースを正確に把握していたことなどあり得ません。

ですから、たとえ斉藤豊仙が竹島を国内地または無主地と考えていたとしても、オリジナル情報に「朱印を賜り」の文言があったならば、「この『朱印』は、竹島の開発許可か、あるいは大船の建造許可か、詳しいことは分からないが、とにかく渡海事業に関連して幕府からもらった何らかの許可のことだろう」という程度に考え、そのまま隠州視聴合紀に記録することは、十分あり得ることです。


それとも半月城さんは、「斉藤豊仙は、元和四年頃に国内や無主地への渡海事業に朱印状が発行されたことはあり得ないと判断できる程、朱印状の制度と歴史について詳しい知識を持っていた。したがって、斉藤豊仙が『朱印を賜り』と記録してい
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