竹島

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AHO氏に。。。

投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2005/09/25 17:01 投稿番号: [11295 / 18519]
   パステルは   やはらかし。
   うれしかり、ほのかなる   手ざわりは。
   うれしかり、パステルの   色あひは。
                 立原道造

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  私の好きな作家に「立原正秋」がいる。   清冽な美意識の持ち主だ。
夭折した詩人・立原道造と美意識を共有したいとの想いからペンネーム
を立原正秋としたのであろう。駄文を書き連ねる諸君らの参考にでもなれ
ばと思い紹介する。

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立原   正秋
大正15年
(昭和元年、1926年) 1月6日、朝鮮(現在の大韓民国)慶尚北道安東郡西後面耳開洞に、父金敬文、母権音伝の長男として生まれ、胤奎(イユンキュウ)と名づけられる。

昭和15年(1940年) 14歳 創氏改名令により金井正秋を名のる。

昭和26年(1951年) 25歳 丹羽文雄主宰の「文学者」十月号に、立原正秋名で活字になった最初の作品「晩夏-或は別れの曲」が掲載される。
現存する処女作。
      
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ある冬の夜、大壺を八帖の畳の部屋の中心において正秋といっしょに眺めた。光が壺の胴まであたり、胴上と胴下のふたつの乳白色がこちらの裡(うち)なる襞(ひだ)に入りこんできた。光の乳白色は美しかったが、蔭の乳白色は深く沈みこんでいた。何百年も経たこの壺にも光と蔭はあったと思う。
  正秋は、ひとこと疲れたと言って書斎に戻って行った。なぜ疲れたと言ったのか私にはわかる気がした。正秋は小説家として焼物を美の対象として眺めていた。それは数寄者とか骨董趣味の人たちとあきらかに見かたが違っていた。・・・・・

立原 潮
「美のなごり」12-13ページより
http://www.coherence.co.jp/binonagori.html
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