1866年からの真相を語る
投稿者: furieowk 投稿日時: 2003/02/09 03:59 投稿番号: [1080 / 18519]
当時、日本はウンルンドを竹島と呼び、今の竹島を松島と呼んでいました。
このとき日本の内務省は、松島(=今の竹島)の帰属について、両島(ウンルンドと松島)が、朝鮮領土であると結論しました。
しかし「版図ノ取捨ハ重大之事件」であるため内務省は、翌年の1867年3月17日に太政官に「日本海竹島外一島地籍編纂方伺」(付属書類の中で「外一島」を松島と明記)を提出して判断を仰いでいます。
太政官調査局の審査では内務省の見解が認められ次のような文書が起草されました。
別紙内務省伺日本海竹島外一島地籍編纂之件
右ハ元禄五年朝鮮人入島以来旧政府該当ト往復之末遂ニ本邦関係無之相聞候申立候上ハ
伺之趣御聞置之通御指令相成可然哉
此段相候成
御指令按
伺之趣竹島外一島之義本邦関係無之義ト可相心得事
この指令按は、右大臣岩倉具視、参議大隈重信、寺島宗則、大木喬任などによって承認・可決され、同年3月29日正式に内務省に指令された。
すなわち、当時の日本の最高国家機関たる太政官は両島を日本領ではないと公言、この指令は4月9日付で内務省から島根県に伝えられ決着した。
この決定に対しては外務省も異議をとなえていません。
このような過去のいきさつから、日本の外務省が竹島を日本領と主張できないのもうなずけます。
要するに松島(=今の竹島)を日本が朝鮮領とみなしているのです。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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