改訂『隠州視聴合記』の新解釈(II)
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/03 19:53 投稿番号: [10080 / 18519]
先述したように、「国代記」は、国単位で見た隠岐国の特性を記したものであり、地理・貢納・歴史の三部構成をとる。(三)の部分は、次の項目(貢納)に移行する直前にあって、隠岐国の国単位での地理的特性を述べるに際して締まりをつける部分にあたっている。こうした点に鑑みて史料を素直に解釈しようとすれば、(三)にある「此州」が何を指しているかは自ずから明瞭であり、議論の生じようはずもない。
にもかかわらず議論が決着しない根本原因を突き詰めてみれば、「州」は「島(嶋)」と読み替えても良い、とする主張にゆきあたる。管見の限りではそうした主張は「州はシマの意であるとする[田川孝三、四三頁]に遡る。その見解が再検討されることもなく踏襲されているところに、議論混迷の要因があるように思われてならない。(略)
【転写終了】
愚老も鋭い御指摘であると承った。このあと「隠州視聴合記」の「州」および「島(嶋)」の用例の検索・整理から始めて精緻な論理構成から「州」は「シマ」でなく「クニ」であると結論されている。
学者としての研究成果を領土紛争の解釈への火種に用いられることへの警戒もあるように愚老には管見されるが良心的立場からすれば充分理解され得ることである。
池内氏に無断で、釈読の頭にローマ数字を付けたのは、「州」は「シマ」でなく「クニ」であると読むべきであるとしても、以下のような読み方も可能であることを示してみたかっただけで他意はない。現代の知見から、その視点からだけでものを論ずるは、やはり、「州」を「島(嶋)」に読みかえる過ちを犯すことを恐れるからである。
当時の時代背景は鬱領の空島政策により、竹島、松島は無人の地と考えられ無主地と受け取られ、大谷、村川両家の漁猟を中心とした竹島経営が行われていたためにそれを熟知した隠岐郡代・斉藤豊仙は当時見聞したものを照らし合わせて地誌である「隠州視聴合記」を記したものである。後年、領土問題で勝手読みされる等とは、毛頭、念頭に無かったはずで領土意識抜きに素直に書かれたものであることに違いない。
【続く】
にもかかわらず議論が決着しない根本原因を突き詰めてみれば、「州」は「島(嶋)」と読み替えても良い、とする主張にゆきあたる。管見の限りではそうした主張は「州はシマの意であるとする[田川孝三、四三頁]に遡る。その見解が再検討されることもなく踏襲されているところに、議論混迷の要因があるように思われてならない。(略)
【転写終了】
愚老も鋭い御指摘であると承った。このあと「隠州視聴合記」の「州」および「島(嶋)」の用例の検索・整理から始めて精緻な論理構成から「州」は「シマ」でなく「クニ」であると結論されている。
学者としての研究成果を領土紛争の解釈への火種に用いられることへの警戒もあるように愚老には管見されるが良心的立場からすれば充分理解され得ることである。
池内氏に無断で、釈読の頭にローマ数字を付けたのは、「州」は「シマ」でなく「クニ」であると読むべきであるとしても、以下のような読み方も可能であることを示してみたかっただけで他意はない。現代の知見から、その視点からだけでものを論ずるは、やはり、「州」を「島(嶋)」に読みかえる過ちを犯すことを恐れるからである。
当時の時代背景は鬱領の空島政策により、竹島、松島は無人の地と考えられ無主地と受け取られ、大谷、村川両家の漁猟を中心とした竹島経営が行われていたためにそれを熟知した隠岐郡代・斉藤豊仙は当時見聞したものを照らし合わせて地誌である「隠州視聴合記」を記したものである。後年、領土問題で勝手読みされる等とは、毛頭、念頭に無かったはずで領土意識抜きに素直に書かれたものであることに違いない。
【続く】
これは メッセージ 10079 (torezojp さん)への返信です.
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