竹島

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改訂『隠州視聴合記』の最新解釈(I)

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/07/03 19:49 投稿番号: [10079 / 18519]
財団法人韓国文化研究振興財団-青丘学術論集2005年3月「前近代竹島の歴史学的 研究序説」−「隠州視聴合記」の解釈をめぐって   池内敏

  上の著作は「隠州視聴合記」の解釈をめぐって展開される精緻な研究成果を総括されたものであって、学術的価値はたかい。内容にも傾聴に値する新鮮な御指摘が随所に見られる。ただ、1部に2,3愚老と意見を異にする部分も見られるので、愚按を混えて述べてみたい。併記して論じるためには字数が限られるため、失礼を承知で、可能な限り原文を残すかたちで愚按を記してみた。


【転写開始】

隠州在北海中故〔云〕隠岐嶋(割注)「按、倭訓海中言遠幾故名歟」、其在巽地言島前也、知夫郡・海部郡属焉、其位震地言島後、周吉郡・穏地郡属焉、其府者周吉郡南岸西郷豊崎也、従是南〔ノ方〕至雲州美穂関三十五里、辰巳〔ノ方〕至伯州赤碕浦四十里、未申至石州温泉津五十八里、自子至卯無可往地、戌亥間行二日一夜有松島、又一日程有竹島(割注)「俗言磯竹島・、多竹・魚・海鹿〔、按、神言所謂五十猛歟〕」、此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠岐、然則日本之乾地、以此州為限矣、・・・(中略)


  さて、議論となっている冒頭部分は、以下のように釈読されねばなるまい。ただし最後の一文にある「此州」については、州の解釈をめぐる議論が分かれているため、とりあえず「州」という表記のまま残しておく。


(一−一)隠岐国は北海中にあるがゆえに(島名を)隠岐嶋という。(割注)按ずるに、倭訓に海中を遠幾(おき〉というゆえの名か。

(一−二)(隠岐国のうち)南東にあるものを島前というなり。知夫郡・海部郡これに属す。

(一−三)(隠岐国のうち)東にくらいするを島後という。周吉郡・穏地郡これに属す。

(一−四)その(隠岐国の)府は周吉郡南岸西郷豊崎なり。

(二−一)これ(隠岐国)より南は、出雲国美穂関に至ること三十五里、

(二−二)(隠岐国より)南東は、伯耆国赤碕浦に至ること四十里、

(二−三)(隠岐国より)南西は、石見国温泉津に至ること玉十八里、

(二−四)(隠岐国より)北から東に至る往くべき地無し。

(二−五−一)(隠岐国より)戌と亥のあいだの方角(概ね北西方向)へ行くこと二日一夜にして松島あり、

(二−五−二)そこ(松島)からさらに一日ほどで竹島あり。(割注)俗に磯竹島という。竹・魚・海鹿、多し。(按ずるに、神書にいういわゆる五十猛か。)

(二−五−三)この二島(松島・竹島)は人無きの地、高麗を見ること雲州より隠岐を望むが如し。

(三)そうであるならば、則ち、日本の北西の地はこの州(くに)をもって限りとす。


   右に見るように、「国代記」冒頭の地理的特性を述べた部分は、隠岐の構成について述べた部分(一−一−四)、隠岐国を基点にして四方位に何があるかを述べた部分(二−一−五)、(二)を踏まえて日本(の本土)と隠岐国との位置関係を述べて部分(三)、の三っの内容から構成されることが明瞭である。

【続く】
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