>>源氏長者
投稿者: licky_eto 投稿日時: 2004/07/09 01:40 投稿番号: [9730 / 43168]
たぶん
当時の源氏一党を見回して
当時の徳川に
対抗できる勢力があったでしょうか?
清和(陽成)源氏の嫡流
源義家の子孫に当たる正嫡は
保元・平治の乱で傍系を大いに失いました
頼朝の子孫は滅亡しています
新羅三郎義光の子孫の内
足利流は直系の義昭にもはや力無く
傍流の斯波・今川はほぼ滅亡状態でしたし
吉良・細川も
徳川家に服従していました
武田は徳川信吉(夭折)を奉じて
一時命脈を保つのが精一杯
後は佐竹などですが
これとてももはや強大な徳川に対抗できる
実力はありませんでしたよね
しかも本人の徳川家が「我らは源氏なり」と名乗っており
当の源氏側からは特に反論もなく(笑)
朝廷は徳川の出す
「アメとムチ」で懐柔されています
先のレスにも書いた通り
出自のはっきりしない「秀吉」にですら
「藤原姓(1)」を認めているわけですから
一応三河の土豪出身の
徳川家に認めない訳はないと思われますし
当代一の大実力者を
蔑ろに出来るほど
当時の朝廷が大胆であったとは
到底思えません(笑)
どなたか
当時の多田源氏・河内源氏について詳しい方は居られませんでしょうか?
フォローをお願いします(^-^;
(1)
正確に言うと藤原一族の御落胤にして「豊臣姓」を名乗る許可を得た
んでしたっけ?(笑)
これは メッセージ 9726 (anti_hijacker さん)への返信です.
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