lady blue catさんへ
投稿者: yuyupoponohohon 投稿日時: 2004/04/21 22:17 投稿番号: [6939 / 43168]
はじめまして。
「親日反民族法案」に対して
;合併時代にに私利私欲で自ら自国民を弾圧した人たちが韓国になるにつれ社会の上流階級として生きたということに対する法案だと思ってますが、、
ケジメとしての法案なら嬉しいんですが、、
韓国での反日、親日というのは共に今の日本じゃなく旧日帝に対しての言葉だと認識してますが、、、
>現在の価値観で過去を裁くことが出来るのか、、
難しいと思います。でも現在だからこそ過去を判断するのは可能なんじゃないかな、、
過去には見えなかったものが見えてくる、、
この法案に対し「生きるために」せざる得なかった人も入るのかは今のところ私もはっきり分かってませんので、それにより判断が変わって行くと思います、、私個人の意見なんですが、、
話が変わっちゃいますが、実家で暮らしていたときには今は亡き祖母も一緒でした。
その祖母が植民地時代はどんなに辛かったか、国が力が無い、国が無いということはどんなに悲しいことか身にしみて分かったと言ってました。
祖母は16で結婚し、学も無く、当時はハングルしか読めなかったそうです。
(私が覚えている限りでは漢字も読めたんですが、かなりの年になってから勉強したらしいんです)
ただ時代の波にさらされ、辛い時代を生き抜かなければならなかった何の力もなかった祖母の話は歴史の本を10冊読むよりも考えさせられました。
その祖母は祖父と父や叔父達にまた国を取られたくなければ力を持たなければいけない、私たちはどんな苦労をしてもいいからあなた達は勉強しなさい、力を持つにはそれしかないといつも言ってたそうです。
二人が自分達の子孫に自分達と同じような苦しみを味わせないための考えだったんでしょう。
私はずっと祖母は日本が嫌いなんだ、日本人が嫌いなんだと思ってました・・祖父は私が生まれた時にはもう亡くなっていたのでわかりませんが、、
日本で語学留学をしてた時に知り合った日本人の友たちが韓国に遊びに来ることになり、「韓国の一般家庭を見てみたい」と言われ結構悩みました。
実家はまさに一般家庭だったんですが、祖母のことが気になり、日本人の友たちが来ることで気を悪くするんじゃないかな、友たちに悪い思いをさせてしまうんじゃないかなと。
家族で話し合いをし、祖母も一応賛成してくれたんで、家に招待することができたんですが、私は爆弾を抱いているような気持ちでした。
でも祖母は自分が話せるすべての日本語を持ち出し、友たちに話し掛け、孫娘を宜しく頼みますと、仲よくして下さいと深々と頭を下げてたんです。
あなた達は年老いた私と違っていっぱい可能性があり、生きる時間が長いと、自分達の意思で生きる道を選べる時代の人たちだと。
その時に家族皆でびっくりし、一瞬シーンとした空気が流れてたのを覚えてます。
でも初めて祖母の気持ちをちょっとだけ分かったような気がしました。
日本が嫌いじゃなく旧日帝が嫌いだったんだ、日本人が嫌いじゃなく旧日帝時代の武力を使ってった日本人が嫌いだったんだと・・嫌いと言うより恐いと言うのが正しいかも知りません。
私は思考能力があまり無いんでついついものことを自分の身近なものに摩り替えて考える癖があるんですが、、
日韓問題も互いに違いがあるとしても、少しでも相手の立場に変わって考えて見る姿勢が必要じゃないのかと・・人間関係もそうなんですが、、
長い話になっちゃいましたね。
皆さんのご意見参考にしながら思考能力を育てていきたいなと思います。
「親日反民族法案」に対して
;合併時代にに私利私欲で自ら自国民を弾圧した人たちが韓国になるにつれ社会の上流階級として生きたということに対する法案だと思ってますが、、
ケジメとしての法案なら嬉しいんですが、、
韓国での反日、親日というのは共に今の日本じゃなく旧日帝に対しての言葉だと認識してますが、、、
>現在の価値観で過去を裁くことが出来るのか、、
難しいと思います。でも現在だからこそ過去を判断するのは可能なんじゃないかな、、
過去には見えなかったものが見えてくる、、
この法案に対し「生きるために」せざる得なかった人も入るのかは今のところ私もはっきり分かってませんので、それにより判断が変わって行くと思います、、私個人の意見なんですが、、
話が変わっちゃいますが、実家で暮らしていたときには今は亡き祖母も一緒でした。
その祖母が植民地時代はどんなに辛かったか、国が力が無い、国が無いということはどんなに悲しいことか身にしみて分かったと言ってました。
祖母は16で結婚し、学も無く、当時はハングルしか読めなかったそうです。
(私が覚えている限りでは漢字も読めたんですが、かなりの年になってから勉強したらしいんです)
ただ時代の波にさらされ、辛い時代を生き抜かなければならなかった何の力もなかった祖母の話は歴史の本を10冊読むよりも考えさせられました。
その祖母は祖父と父や叔父達にまた国を取られたくなければ力を持たなければいけない、私たちはどんな苦労をしてもいいからあなた達は勉強しなさい、力を持つにはそれしかないといつも言ってたそうです。
二人が自分達の子孫に自分達と同じような苦しみを味わせないための考えだったんでしょう。
私はずっと祖母は日本が嫌いなんだ、日本人が嫌いなんだと思ってました・・祖父は私が生まれた時にはもう亡くなっていたのでわかりませんが、、
日本で語学留学をしてた時に知り合った日本人の友たちが韓国に遊びに来ることになり、「韓国の一般家庭を見てみたい」と言われ結構悩みました。
実家はまさに一般家庭だったんですが、祖母のことが気になり、日本人の友たちが来ることで気を悪くするんじゃないかな、友たちに悪い思いをさせてしまうんじゃないかなと。
家族で話し合いをし、祖母も一応賛成してくれたんで、家に招待することができたんですが、私は爆弾を抱いているような気持ちでした。
でも祖母は自分が話せるすべての日本語を持ち出し、友たちに話し掛け、孫娘を宜しく頼みますと、仲よくして下さいと深々と頭を下げてたんです。
あなた達は年老いた私と違っていっぱい可能性があり、生きる時間が長いと、自分達の意思で生きる道を選べる時代の人たちだと。
その時に家族皆でびっくりし、一瞬シーンとした空気が流れてたのを覚えてます。
でも初めて祖母の気持ちをちょっとだけ分かったような気がしました。
日本が嫌いじゃなく旧日帝が嫌いだったんだ、日本人が嫌いじゃなく旧日帝時代の武力を使ってった日本人が嫌いだったんだと・・嫌いと言うより恐いと言うのが正しいかも知りません。
私は思考能力があまり無いんでついついものことを自分の身近なものに摩り替えて考える癖があるんですが、、
日韓問題も互いに違いがあるとしても、少しでも相手の立場に変わって考えて見る姿勢が必要じゃないのかと・・人間関係もそうなんですが、、
長い話になっちゃいましたね。
皆さんのご意見参考にしながら思考能力を育てていきたいなと思います。
これは メッセージ 6935 (lady_blue_cat さん)への返信です.
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