Re: 大茶碗大先生様
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/10/18 11:29 投稿番号: [39181 / 43168]
>一次資料は歪曲が不可能なの?
既に他の方もおっしゃっていますが、歪曲はありませんが、「誤記」は確認されています。
古い史書を書き写しただけのものも存在し、誤字や誤記が散見されています。
例えば『魏志』と『晋書』の間には微妙な違いがあります。
特に、距離や方角の記載はそのまま信じると、海の中に行ってしまう部分もあります。
だからこそ、複数の一次資料の同じ部分を検証する必要があります。
>中国人が編纂した本は全てが事実なの?
これも既に他の方もおっしゃっていますが、「誤記」は確認されています。
次に、中国では「正統」を重んじますから、王朝の順番では、夏⇒殷⇒周⇒漢…の立場で書かれているのは仕方ありません。
例えば『史記』の「夏本紀」では、「諸侯有扈氏が無道にも反乱を起こした」という記述がありますが、「諸侯」という呼び方は夏王朝を正統と見做した上での書き方かも知れませんし、「反乱」という書き方も、同様です。今では確認しようもありませんが、有扈氏は実は夏王朝よりも大きな領主だったかも知れません。
しかし、現在存在する一次資料や考古学資料では、そこまでは確認出来ません。私も「推測」する事は出来ますが、裏付けが無い限り、「推測」は「推測」のままです。
>日本の都合に合うなら事実で合わないなら歪曲なの?
一次資料なので、都合が合うも合わないもありません。
現存最古の資料で、それを否定出来る一次資料が存在しない限り、「事実」として認定されます。
>韓国南部に倭が在ったと主張したいなら韓国南部から出土される遺骨のDNAと現在日本人のDNAが一致していることを証明してみろ?
DNAが一致しているものも存在していますが、完全な一致はありませんよ。それに「倭」が半島南部における多数派だったという記述はどこにもありません。
それに、遺伝子学でも、遺伝子のどの観点から同じか、または同じで無いか等、単純な即断は出来ません。
ただしそれは、生物学的な見地からの話であり、歴史学とは別の話ですよ。
現在判明しているのは、3世紀の半島南部に「倭」が居住していて、「韓」や「ワイ」と競って鉄を採取し、それぞれの種族が鉄を交易の貨幣代わりに使用していたという事です。
>そして、韓国南部に倭が存在したと言ってもそれが何?
単なる歴史上の事柄であり、それ以上の意味はありませんよ。それ以下の意味もありません。
>韓国南部は日本の領土で主張したいの?
「倭」が居住していただけでは「領土」にはなりませんよ。
但し、5世紀後半になると、日本列島の倭と高句麗の関係が険悪になり、「倭」がしきりに半島南部における軍事支配権を主張し始めます。
中国南朝の『宋書』『南斉書』『梁書』等の蛮夷(中国から見た外国人)関連の記述を読んでみて下さい。
この時期、例えば高句麗は「車騎大将軍」、百済は「寧東大将軍」、倭は「安東大将軍」等の官爵を中国南朝から得ています。(新羅はまだ。)
4世紀以降の事柄については、半島の『三国史記』もようやく具体味を増し、中国や日本の史書と重複する部分が増えてきます。つまり、検証も少しずつ楽になるわけです。
既に他の方もおっしゃっていますが、歪曲はありませんが、「誤記」は確認されています。
古い史書を書き写しただけのものも存在し、誤字や誤記が散見されています。
例えば『魏志』と『晋書』の間には微妙な違いがあります。
特に、距離や方角の記載はそのまま信じると、海の中に行ってしまう部分もあります。
だからこそ、複数の一次資料の同じ部分を検証する必要があります。
>中国人が編纂した本は全てが事実なの?
これも既に他の方もおっしゃっていますが、「誤記」は確認されています。
次に、中国では「正統」を重んじますから、王朝の順番では、夏⇒殷⇒周⇒漢…の立場で書かれているのは仕方ありません。
例えば『史記』の「夏本紀」では、「諸侯有扈氏が無道にも反乱を起こした」という記述がありますが、「諸侯」という呼び方は夏王朝を正統と見做した上での書き方かも知れませんし、「反乱」という書き方も、同様です。今では確認しようもありませんが、有扈氏は実は夏王朝よりも大きな領主だったかも知れません。
しかし、現在存在する一次資料や考古学資料では、そこまでは確認出来ません。私も「推測」する事は出来ますが、裏付けが無い限り、「推測」は「推測」のままです。
>日本の都合に合うなら事実で合わないなら歪曲なの?
一次資料なので、都合が合うも合わないもありません。
現存最古の資料で、それを否定出来る一次資料が存在しない限り、「事実」として認定されます。
>韓国南部に倭が在ったと主張したいなら韓国南部から出土される遺骨のDNAと現在日本人のDNAが一致していることを証明してみろ?
DNAが一致しているものも存在していますが、完全な一致はありませんよ。それに「倭」が半島南部における多数派だったという記述はどこにもありません。
それに、遺伝子学でも、遺伝子のどの観点から同じか、または同じで無いか等、単純な即断は出来ません。
ただしそれは、生物学的な見地からの話であり、歴史学とは別の話ですよ。
現在判明しているのは、3世紀の半島南部に「倭」が居住していて、「韓」や「ワイ」と競って鉄を採取し、それぞれの種族が鉄を交易の貨幣代わりに使用していたという事です。
>そして、韓国南部に倭が存在したと言ってもそれが何?
単なる歴史上の事柄であり、それ以上の意味はありませんよ。それ以下の意味もありません。
>韓国南部は日本の領土で主張したいの?
「倭」が居住していただけでは「領土」にはなりませんよ。
但し、5世紀後半になると、日本列島の倭と高句麗の関係が険悪になり、「倭」がしきりに半島南部における軍事支配権を主張し始めます。
中国南朝の『宋書』『南斉書』『梁書』等の蛮夷(中国から見た外国人)関連の記述を読んでみて下さい。
この時期、例えば高句麗は「車騎大将軍」、百済は「寧東大将軍」、倭は「安東大将軍」等の官爵を中国南朝から得ています。(新羅はまだ。)
4世紀以降の事柄については、半島の『三国史記』もようやく具体味を増し、中国や日本の史書と重複する部分が増えてきます。つまり、検証も少しずつ楽になるわけです。
これは メッセージ 39169 (suyongsaram さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdwc0ada4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/39181.html