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投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/07/20 20:33 投稿番号: [34340 / 43168]
大東亜戦争前も戦後も、天皇陛下の意志をそのまま国政に投影することはありませんでした。
天皇は、大元帥として軍の奏上を「統帥権」を盾に蹴ることはできても、同一の内容を内閣の一致条項として奏上された場合、それを蹴ることはできませんでした。

美濃部達吉の天皇機関説を「もっともなことではないか」とおっしゃられたとおり、先帝は国政にみずからの意志を以て容喙することを控えておりましたし、憲法上それが正道であると承知しておられました。(例外は2・26事件での言動)
憲法の前には陛下の意志は通らなかったものと考えております。

先帝は、満州事変で、関東軍派遣について参謀本部次長の二宮治重の奏上を蹴ったものの、若槻内閣がこれを奏上したさいは否と言われておりません。

半藤一利の解釈ではこれを「天皇が二人おられた」つまり「大元帥」として軍を統率する天皇と国政統治権の総攬者である天皇の二面があったという傍証にあげております。
さらに、半藤は終戦の「聖断」について、鈴木貫太郎首相が、国の元首にして統治権を総攬される天皇の大権を以て統帥権を持つ大元帥の上に置くことができると解釈し、その認識でポツダム宣言と降伏を受諾したといいます。
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