Re: 反日考(続き)
投稿者: tsumi7 投稿日時: 2006/05/26 04:20 投稿番号: [33861 / 43168]
日本の本?というのは日韓関係に関する本のことですか?主に日本の小説を読んでいますが、こちら関係も読んでおります。最近では宮尾登美子の「きのね」を読みました。とても面白かったです。
あまりお答えしたくないのですが、お答えします。答えると、いろいろなソースを提示してきて「だからお前は違うんだ!」といわれるのがわかっていますから。インターネットに提示されているソースはいちおう目を通して
いますが、ソースだけがすべてではないと思っています。私のいう戦後補償の問題は今までに問題点としてあげられている部分と大体同じです。
そして私がいちいち列挙してもソースを提示してだからお前は違ってるんだ、といわれるのがおちですからあまりしたくありません。
私はこちらに住んでいますから、こちらの人と話をしたり、こちらの小説もよく読んでいます。今回はソースではなく、私が肌で感じたことについて書かせていただきましょう。
強制連行の問題、、ある人はソースを提示して、「〜だから志願制であった。強制連行はうそである」といいますね。でも実際に韓国では身近なところで強制連行にまつわる話がたくさん残っているのです。
もちろん、志願していった人もいるでしょう。否定はしません。どのような目的にせよ、志願していった人もいるでしょう。その反面、強制で連行された人もいると考えます。たとえば当時の韓国では身分制が厳しく、日本でいうえた、ひにんといわれる人々や小作人にあたる人々が朝鮮総督府の末端期間である警察署で働き、この村からは何人、というノルマを果たしていったことが小説の中で書かれています。彼らにとって日本の機関と近づくことは
一番てっとりばやく、確実な身分上昇の道でもありました。
また、つい最近みたテレビ番組の中に、自分の肉をきりとった母親、というのがあって、これは夫を必死で看護したある女性の話で、反日や強制連行がテーマではありませんが、多分民間信仰で、自分の肉をきりとって食べさせれば、重い病気が治る、、という類のものだったと思いますが、その場面は怖くて途中でテレビを切りました。内容は妊娠したことがわかって
それを実家の両親に知らせようと家を出たとたん、夫は警察に連れていかれた。何の音沙汰もなく死んだものとあきらめていたが、五年後に帰ってきた。夫は日本につれていかれて、肺結核に皮膚病と体はぼろぼろになっていた、、誰もがもうすぐ死ぬと思っており、その中で最後の手段として自分の足の一部をきりとって夫に食べさせた、、そしてナムォン市から烈女(儒教の観念で、夫や子供、または一族に忠節な行いをした女性)として賞をもらった、、というものでした。これもまた、「捏造だ!そんなのいくらでも作れる話だ!」で終わってしまうのならいたしかたありません。ただ、私はこちらに住みながら、民間には強制連行にまつわる逸話がまだまだ残っていること、小説などを読みながら、「望んでいった人もあろうが、強制連行された人々も多いだろう」と思いました。私は非常に勉強不足です。
それから私の方でも質問があります。広島に原爆が落とされたさい、多くの韓国人も被害にあいました。彼らは韓国に帰ってきてからも原爆の後遺症に悩まされましたが、
日本政府からは当時は日本人だったが、今は日本人じゃないから、という理由で原爆手帳が交付されませんでした。これは、広島の呉などの造船所で
働いていた人々の中に強制連行された人はだれもおらず、みな自分の意志で来た、とみなしているからですか?でも教科書を見ていると、強制連行は認めていますね。となると教科書では記述されていても、日本の政府は認めていない、
もしくはこのような人道的な事柄についても日韓基本条約にすべて含まれており、それですべて解決済みだ、という見解なんでしょうか、、
勉強不足ですみません。この点については私自身詳しく調べていませんので。
あまりお答えしたくないのですが、お答えします。答えると、いろいろなソースを提示してきて「だからお前は違うんだ!」といわれるのがわかっていますから。インターネットに提示されているソースはいちおう目を通して
いますが、ソースだけがすべてではないと思っています。私のいう戦後補償の問題は今までに問題点としてあげられている部分と大体同じです。
そして私がいちいち列挙してもソースを提示してだからお前は違ってるんだ、といわれるのがおちですからあまりしたくありません。
私はこちらに住んでいますから、こちらの人と話をしたり、こちらの小説もよく読んでいます。今回はソースではなく、私が肌で感じたことについて書かせていただきましょう。
強制連行の問題、、ある人はソースを提示して、「〜だから志願制であった。強制連行はうそである」といいますね。でも実際に韓国では身近なところで強制連行にまつわる話がたくさん残っているのです。
もちろん、志願していった人もいるでしょう。否定はしません。どのような目的にせよ、志願していった人もいるでしょう。その反面、強制で連行された人もいると考えます。たとえば当時の韓国では身分制が厳しく、日本でいうえた、ひにんといわれる人々や小作人にあたる人々が朝鮮総督府の末端期間である警察署で働き、この村からは何人、というノルマを果たしていったことが小説の中で書かれています。彼らにとって日本の機関と近づくことは
一番てっとりばやく、確実な身分上昇の道でもありました。
また、つい最近みたテレビ番組の中に、自分の肉をきりとった母親、というのがあって、これは夫を必死で看護したある女性の話で、反日や強制連行がテーマではありませんが、多分民間信仰で、自分の肉をきりとって食べさせれば、重い病気が治る、、という類のものだったと思いますが、その場面は怖くて途中でテレビを切りました。内容は妊娠したことがわかって
それを実家の両親に知らせようと家を出たとたん、夫は警察に連れていかれた。何の音沙汰もなく死んだものとあきらめていたが、五年後に帰ってきた。夫は日本につれていかれて、肺結核に皮膚病と体はぼろぼろになっていた、、誰もがもうすぐ死ぬと思っており、その中で最後の手段として自分の足の一部をきりとって夫に食べさせた、、そしてナムォン市から烈女(儒教の観念で、夫や子供、または一族に忠節な行いをした女性)として賞をもらった、、というものでした。これもまた、「捏造だ!そんなのいくらでも作れる話だ!」で終わってしまうのならいたしかたありません。ただ、私はこちらに住みながら、民間には強制連行にまつわる逸話がまだまだ残っていること、小説などを読みながら、「望んでいった人もあろうが、強制連行された人々も多いだろう」と思いました。私は非常に勉強不足です。
それから私の方でも質問があります。広島に原爆が落とされたさい、多くの韓国人も被害にあいました。彼らは韓国に帰ってきてからも原爆の後遺症に悩まされましたが、
日本政府からは当時は日本人だったが、今は日本人じゃないから、という理由で原爆手帳が交付されませんでした。これは、広島の呉などの造船所で
働いていた人々の中に強制連行された人はだれもおらず、みな自分の意志で来た、とみなしているからですか?でも教科書を見ていると、強制連行は認めていますね。となると教科書では記述されていても、日本の政府は認めていない、
もしくはこのような人道的な事柄についても日韓基本条約にすべて含まれており、それですべて解決済みだ、という見解なんでしょうか、、
勉強不足ですみません。この点については私自身詳しく調べていませんので。
これは メッセージ 33860 (pretzs002 さん)への返信です.
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