Re: れRe: うわっ!完全に乗り遅れた・・・
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2006/01/08 00:23 投稿番号: [32438 / 43168]
>「アメリカも最後の年には結構経済が息切れして、もう一年ほど戦争が続いたら国民の不満もふきだしたのでは」
小生だったかは、自身定かではないのですが(言っていたかも知れません)
確実に米国は「疲弊」していた事は確かでしょうね。
連合国軍(英仏、ソ連に至るまで)有償・無償での軍事戦略物資の供給を大量に続けていましたから。
この「代金」は「戦後後払い」ですので、それまでは米国が自身の「自腹」を切り続けてきました。
いかな世界一位の経済大国とは言え。
連合国軍の「財布」を1人で負担し続けるのはかなりのものだったでしょう。
一例としまして、1941年から1945年までの米国の年度財政は以下の通りです。
第二次世界大戦期の米国財政(単位:億ドル)
年度 財政支出 軍事支出合計 その他 財政収入 財政収支
1941 128 63 65 76 -52
1942 325 260 65 128 -197
1943 782 721 65 223 -559
1944 937 870 67 441 -496
1945 1004 900 104 465 -539
1946 650 485 165 430 -220
合計 3826 3299 527 1763 -2063
ttp://www.geocities.jp/eiji96301045/Ame_financial_outgo.htm
ご覧の通り、1941年以降、「貯金の食い潰し」で持っていたようです。
後は「労働力」
WW2は米国でも、女性の社会進出のきっかけになったポイントではありますが。
日本ほどではないにせよ、米国内でも健全な適正年齢の男子労働力がかなり軍隊に取られていたようです。
対日戦終了後の米軍動員解除(復員)の状況を、米軍将官が「復員ではなく、壊走」と言った様に。
社会各層への速やかな復員が迫られていたのではないでしょうか。
日本本土上陸作戦(「オリンピック(関東地方上陸作戦)」「コロネット(九州地方上陸作戦)」)が中止されたのも、
想定損害数が各々10万のオーダーを大きく上回る、と推定されたから、と記憶します。
そこまでの人的損害(物的損害含む)を、米国社会は最早許容しきれないほどに、ストレスが溜まっていたのではないでしょうか。
最も、日本の場合、継戦能力は最早無いに等しい状態でしたから、米国の「息切れ待ち」という選択肢は無かったでしょうが。
それをするなら、それこそ「IF」の話ですが、開戦時での選択オプションを、
「短期決戦講和」から「長期自給継戦」に180度変える必要があったでしょう。
そこまでいくと、「IF」の話は1941年以前にまで遡る必要が有ると考えますので、無駄でしょうね。
小生だったかは、自身定かではないのですが(言っていたかも知れません)
確実に米国は「疲弊」していた事は確かでしょうね。
連合国軍(英仏、ソ連に至るまで)有償・無償での軍事戦略物資の供給を大量に続けていましたから。
この「代金」は「戦後後払い」ですので、それまでは米国が自身の「自腹」を切り続けてきました。
いかな世界一位の経済大国とは言え。
連合国軍の「財布」を1人で負担し続けるのはかなりのものだったでしょう。
一例としまして、1941年から1945年までの米国の年度財政は以下の通りです。
第二次世界大戦期の米国財政(単位:億ドル)
年度 財政支出 軍事支出合計 その他 財政収入 財政収支
1941 128 63 65 76 -52
1942 325 260 65 128 -197
1943 782 721 65 223 -559
1944 937 870 67 441 -496
1945 1004 900 104 465 -539
1946 650 485 165 430 -220
合計 3826 3299 527 1763 -2063
ttp://www.geocities.jp/eiji96301045/Ame_financial_outgo.htm
ご覧の通り、1941年以降、「貯金の食い潰し」で持っていたようです。
後は「労働力」
WW2は米国でも、女性の社会進出のきっかけになったポイントではありますが。
日本ほどではないにせよ、米国内でも健全な適正年齢の男子労働力がかなり軍隊に取られていたようです。
対日戦終了後の米軍動員解除(復員)の状況を、米軍将官が「復員ではなく、壊走」と言った様に。
社会各層への速やかな復員が迫られていたのではないでしょうか。
日本本土上陸作戦(「オリンピック(関東地方上陸作戦)」「コロネット(九州地方上陸作戦)」)が中止されたのも、
想定損害数が各々10万のオーダーを大きく上回る、と推定されたから、と記憶します。
そこまでの人的損害(物的損害含む)を、米国社会は最早許容しきれないほどに、ストレスが溜まっていたのではないでしょうか。
最も、日本の場合、継戦能力は最早無いに等しい状態でしたから、米国の「息切れ待ち」という選択肢は無かったでしょうが。
それをするなら、それこそ「IF」の話ですが、開戦時での選択オプションを、
「短期決戦講和」から「長期自給継戦」に180度変える必要があったでしょう。
そこまでいくと、「IF」の話は1941年以前にまで遡る必要が有ると考えますので、無駄でしょうね。
これは メッセージ 32370 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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