れRe: では、お言葉にあまえまして・・・
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/05 21:44 投稿番号: [32241 / 43168]
>東南アジアが解放されたのは結果であって、日本の国策の成果とはいえない、
と思っております。
インパール作戦は、現状打破の戦略的必要性と、チャンドラ・ボースが東條にインド解放の熱弁を振るったからという二つの要素からだね。どちらかがかけても成立しなかった。戦争指導者が(もちろん一般将兵も)アジア開放を一種哲学として信じていたというのが日本の不思議な所(伊藤博文の朝鮮自治育成論にもいえることかなー韓国の救済は言うは易く、行なうは難し。されどその貧窮は見るに忍びざるを以ってこれが救済に努めざるべからず・・・)。
>東南アジア以外の国も独立いたしましたことを考えれば、早晩、植民地の時代は
終焉していたと存じます。
第二次大戦があったから、独立できたのであり、環境が変わらなければ、その現状もかなりの間不変であったろうということは容易に推測できるね。大東亜戦争が無ければ、植民地解放は最低50年はおくれていたろう。
日本敗戦後、英仏蘭のやったことは、再植民地化の試み。もはやこれがなしえなくなっていたというのは、日本の功績。「日本軍がやってきてからのビルマは以前のビルまではなくなっていた。イギリスと戦うことを知ったビルマになったのだ」ということは、インドネシアについてもいえること。「日本にやれることが我々にもやれないはずがない」
インドネシア独立戦争のはじまりは、戦後、オランダがイギリスの力を借りて、スラバヤに上陸して、現地人がこれに対して戦闘を開始したことだよ。(インドネシア人は最初は竹槍と少数の武器で戦った。後に、旧日本軍から武器を獲得した。スラバヤ市のシンボルマークは竹槍のデザインだよ。ジャカルタ南部のカリバタ英雄墓地のシンボルタワーも竹槍を模したものだね)。
>私は、日本のおかげという不遜な思い上がりは厳に慎むのが高邁であり、
得策ではないか、と存じます。
日本の「侵略」のみが言挙げされることの反動だな。バランスの回復に過ぎないよ。
これは メッセージ 32219 (otyobo_hime さん)への返信です.
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