正直な日本人 1
投稿者: pyeongyang_kim 投稿日時: 2005/10/06 15:05 投稿番号: [30097 / 43168]
ホサカ維持世宗大日本語日文学と教授は韓国人だ. 彼は日本で生まれたし, 日本名前を持っている. しかし彼は去年韓国で帰化した. したがって日本を訪問する時日本ビザを持ち込まなければならないし, 成田空港では外国人行列に立って入国審査を受ける. ホサカ教授は韓-日近代史と係わった日本政治家たちの妄言に対して韓国人劣らず怒りを感じてこれに対する批判をして来た人物だ. 日本人にも博士の学位を日帝時代日本の蛮行に対する分析で取った. 最近には日本側妄言論理を覆す明快な分析で注目されている. 自民党の分かりなさい茶炉議員が "創氏改名は朝鮮人が先に望んで始めた"と言う妄言を言った時は分かりなさい議員に直ちに電話をかけて "根拠に対する資料を提出してくれ"と要求したりした. 服だけ立てた韓国政府と違い日本人が鋭くタジョムッザ分かりなさい議員側で荒てたことは当たり前の事.
それならホサカ教授が妄言をやらかす日本政治家の狙い撃ち数(?)に出るようになった背景はなにか. 彼は "大学時代偶然に '明成皇后弑害事件'に対する簡単な文を読んだ事があった"と "天皇の奥さんのような人を殺害したことは本当に大きい事件ではないか"と聞き返した. 日本が大きい過ちをやらかしたという話だ. この時から彼は日本の蛮行に対する研究を始めた.
しかしこれだけでは説明が不足だ. これを分かるために彼が韓国人になった理由をよく見よう. 彼の '韓国愛'は中学生時代までさかのぼる. 彼は運動が好きだった. 偶像だった張勳-金正日(日本人がネだマーサ理-400勝をした日本歴史上最高投手)-力道山-催配達みたいな当代最高の運動選手が皆韓国人だった. これを分かってからは韓国が神秘できわまりなかった. 彼はこんなに早くから自然に韓国が好きになった.
父親の影響もあった. ホサカ教授の父親はプラスチックレンズ工場を運営した. ところでレンズ学会でソウル大工科大パク某教授をたまに会ったが, 父親は "朴教授みたいな高邁な人格者を今まで会ったことがない"故まで言った. 彼の友達の中には在日韓国人の多いのに人々が皆すぐれた能力を持ったことも韓国人が好きなのに分け前をした.
韓国人に対して好感を持つようになるとホサカ教授は口癖のように韓国女性と結婚すると言った. そして実際に 1980年在日韓国人から現在の否認である韓国女性を紹介受けて 86年結婚に成功した. 現在もとに 2男 1女を置いている. 周りの反対がオブオッヌかという質問にホサカ教授は "お父さんは妻の写真を報告 '本当に良い女性と見える'とおっしゃった"と笑いを噴き出した.
日本最高大学である東京大学の金属工学とを卒業して父親が経営した工場で家業を引き継いだ彼は工場運営が難しくなりながら大転換を模索した. 彼は実は中-高校時代から歴史に関心が高かった. 高3 時代歴史勉強ばかりしている途中東京大学を落ちるまでした. しかし父親の強要(?)で浪人して東京大学工科大に入学した. もちろん大学の時も歴史に対する関心は減らなかった. 工場が難しくなりながら彼は自由に本人の進路を思うようになった. 結局奥さんの勧誘で韓国で歴史(韓-日外交社) 勉強をまたする事にした.
1988年 5月韓国地を踏んだ. 高麗大語学堂で韓国語を学んだし 1989年高麗大政外科で 1年間授業を聞いた後大学院に進学, 1995年と 2000年にそれぞれ政治学修士-博士学位を取得した. 大学の時から掘り下げた韓-日外交社はついに '日本帝国注意の民族童話政策分析'という博士論文を誕生させた.
それならホサカ教授が妄言をやらかす日本政治家の狙い撃ち数(?)に出るようになった背景はなにか. 彼は "大学時代偶然に '明成皇后弑害事件'に対する簡単な文を読んだ事があった"と "天皇の奥さんのような人を殺害したことは本当に大きい事件ではないか"と聞き返した. 日本が大きい過ちをやらかしたという話だ. この時から彼は日本の蛮行に対する研究を始めた.
しかしこれだけでは説明が不足だ. これを分かるために彼が韓国人になった理由をよく見よう. 彼の '韓国愛'は中学生時代までさかのぼる. 彼は運動が好きだった. 偶像だった張勳-金正日(日本人がネだマーサ理-400勝をした日本歴史上最高投手)-力道山-催配達みたいな当代最高の運動選手が皆韓国人だった. これを分かってからは韓国が神秘できわまりなかった. 彼はこんなに早くから自然に韓国が好きになった.
父親の影響もあった. ホサカ教授の父親はプラスチックレンズ工場を運営した. ところでレンズ学会でソウル大工科大パク某教授をたまに会ったが, 父親は "朴教授みたいな高邁な人格者を今まで会ったことがない"故まで言った. 彼の友達の中には在日韓国人の多いのに人々が皆すぐれた能力を持ったことも韓国人が好きなのに分け前をした.
韓国人に対して好感を持つようになるとホサカ教授は口癖のように韓国女性と結婚すると言った. そして実際に 1980年在日韓国人から現在の否認である韓国女性を紹介受けて 86年結婚に成功した. 現在もとに 2男 1女を置いている. 周りの反対がオブオッヌかという質問にホサカ教授は "お父さんは妻の写真を報告 '本当に良い女性と見える'とおっしゃった"と笑いを噴き出した.
日本最高大学である東京大学の金属工学とを卒業して父親が経営した工場で家業を引き継いだ彼は工場運営が難しくなりながら大転換を模索した. 彼は実は中-高校時代から歴史に関心が高かった. 高3 時代歴史勉強ばかりしている途中東京大学を落ちるまでした. しかし父親の強要(?)で浪人して東京大学工科大に入学した. もちろん大学の時も歴史に対する関心は減らなかった. 工場が難しくなりながら彼は自由に本人の進路を思うようになった. 結局奥さんの勧誘で韓国で歴史(韓-日外交社) 勉強をまたする事にした.
1988年 5月韓国地を踏んだ. 高麗大語学堂で韓国語を学んだし 1989年高麗大政外科で 1年間授業を聞いた後大学院に進学, 1995年と 2000年にそれぞれ政治学修士-博士学位を取得した. 大学の時から掘り下げた韓-日外交社はついに '日本帝国注意の民族童話政策分析'という博士論文を誕生させた.
これは メッセージ 1 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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