>「判決は受け入れた」が
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/08/15 00:12 投稿番号: [28637 / 43168]
「裁判は認めていない」という理屈がどうもいまいちよく理解できません。
一応は理解できるよ。
憲法に違反する政治の実例が長期にわたって行なわれ、国民の大多数もそれに従っているような場合、憲法は実質的に「改正」されたのか(憲法の変遷)。
憲法は実質的に改正されたとして、憲法の変遷の理論を肯定する説は、その説明の論拠として、「事実の規範力ー力が規範力、強制力を持つ」を唱えるものもいる(イエリネックの説)。
規範としての憲法条文が厳として存在しているのに、それに反する事実を肯定するのはおかしいのではないか、という反論も成立するが、憲法違反の事実はくりかえされ、実効性を持っているという事実も現に存在する。
法理といっても結構おかしいことは起きる。
さて、ある人間が裁判の結果として、不利益を受けたが、自分はこんな裁判は正統性をもたなのでみとめられず、
その結果たる判決は受け入れない、といってみても、結局はその判決は執行される。執行されれば受け入れざるを得ない。
判決は力をもつものとして現に存在する。その前提の裁判に対する主観的正統性にかかわらず。(やや違うが、民法ではどんな正しい事実でも、それを裁判で主張しなければ、負ける。判決は事実とは反するものだが、執行力をもつ。刑事では、確信犯ーテロリストーが自分の殺人は正統だと主張うし、自分を裁く裁判はまちがっていると主張しても、判決をくだされ、それを執行される)。
自分としてはこんな裁判は正当性をもたないと思うが、判決は判決としてうけいれる、という話はよくある話。
おかしいといえば、あおぞら銀行かなにかの売却のとき、孫あたりが、民法の瑕疵担保責任をもちだしてきたが。
>東京裁判は戦勝国が一方的に裁いた不当なものだと日本が国家としてそう思うのであれば、日本は国家として対外的に東京裁判は間違っている、一旦受け入れたけどあとからよく考えたら日本は何も悪くない、あのとき東京裁判を一旦受け入れたのは間違いでした、日本はなにも悪くなかったと、どこかで(たとえば国連とかそういう場で国際社会に対して)ハッキリ言うべきじゃないのか?
もちろん言ってもかまわん。が、言うか言わないかは大部分「政治」の問題。
これは メッセージ 28631 (tydkemvo さん)への返信です.
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