タイトルを間違ってしまった。
投稿者: daremogatigau 投稿日時: 2005/08/07 14:12 投稿番号: [28410 / 43168]
それと、
>その「戦術目標」・・・がいると考えた場合
−−−−
における「いる」を「存在する」「活動する」「生活をする」に。「居る」かな?
最初の発言の意図は、死における「悲惨」は殊更とすることはない。
かといって、これは個人の主観であって、それを用いて相手を批判する意図はない。
「悲惨」を用いて、テロと戦争を語る考えはない。
自分のスタンスを表明することは、「テロ」「戦争」をイデオロギーを持って語ることにつながる。
テロの爆弾、戦争のミサイルは、破壊・殺傷が主目的である。よって、車利用による事故死は付随するものであって、明らかな主目的ではないので、車を持ち出すことは違う。車まで持ち出すのであれば、自然死・病死・自殺などにつながると考える。
あくまで、テロに対して戦争、爆弾に対してミサイル、でそこにある人間の死と生きとし活ける物の死と破壊。一例での死亡者の数の多さや死亡例の数の多さを持ち出しているわけではない。追加として、「糾弾する」意図もありません。
以上が私が最初に述べた「発言」の趣旨・説明です。
ここからが問題なのですが、ミサイル誤爆に関して「過失」「仕方がない」という発言があり、それに関して質問をしました。この質問は、「過失とは何か」「過失と判断する場合、どの範疇を過失とするのか」であって、あくまで「過失」を用いる方々にその「過失」の説明を求めているのであり、米軍の攻撃を糾弾しているのではありません。そして、私の最初の発言とは全く別問題です。テロと戦争の定義、これも私の発言とは別問題です。
私の発言から発生しているから、皆さんは同じ問題だと捉えているのでしょうが、私にとっては「その言葉がある」、というだけの全く関係のないことなのです。
よって、あなた方には私が述べた「悲惨」、そして「悲惨を用いてテロ・戦争は語らない」と矛盾している発言を繰り返しているように見えるのでしょう。
私の最初の発言と「過失云々」は全く別問題です。それと、「過失」「故意」の範疇の模索であって、糾弾ではありません。
これは メッセージ 28398 (daremogatigau さん)への返信です.
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