昔の文献とドッキング
投稿者: hal2hal2001 投稿日時: 2005/05/09 20:51 投稿番号: [24587 / 43168]
そうなんですか、文献が残ってるんですか。もし、日本で茶道が廃れてしまったとすると、文献ってどの程度残るんでしょうかね。奥伝は基本的に口伝ですから、個人的なメモが残っていたとしても、再現は難しいのかもしれません。高麗茶道は、そのわからない部分を茶道で補っているのでしょうか。ただ、日本の茶の心は千利休よりは遡らないですし。見てみたいですね。どのように同じでどのように違うのか。
話は少し違うのですが、少し前に日曜日に日経を読んでいて、「漆」の種類や採取方法がアジアの各地で違うというのが載っていました。いろいろ、違うのだそうです。で、韓国は、あったのですが日帝時代に失われてしまった。って書いてあったんです。こんなこと言ってると韓国の信用ってなくなちゃうのにな。って思います。
>剣道を「クムド」とか言って、韓国が剣道の発祥みたいに思われてるらしいですよ。
剣道は知りませんが、茶道は、、、というのは実際に言われたことがあります。その人は皇室の事もいってましたね。
「文化というものはどの時代も共に歩んできたから、価値があるのだと思います。皇室も同じなのだと思います。」と答えました。
「始まりがなければ、今はないでしょう?」って言い返えされましが、
「絶えてしまえば、なしも同じでしょう?」
との問いには答えてもらえませんでしたね。どちらも大切で、上下のある話では無いと思うのですけど。
これは メッセージ 24515 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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