参考に-2
投稿者: abelard 投稿日時: 2003/08/20 15:59 投稿番号: [1984 / 43168]
ところで『うちも外国さん行きたか、仲間に入れてほしか』と言う記述について私は連想したことがあります。
それは私の幼い頃の事なのですが、祖母にねだって友人と供に映画「あぁ、野麦峠」につれていってもらった翌日、今度は友人の祖母から思い掛けない話を聞いたのです。
友人の祖母が育ったのは中部地方の小さな村で幼友達が皆製糸工場の女工に出てしまうので親にどうしても皆と一緒に女工に出たいと泣いて頼んだが許してもらえなかった。とても寂しかったと言うのです。
もちろんそれで製糸工場の悲惨さが薄らぐ訳ではありませんが、後世の私達が当時事を(現代人が)描いた映画や本に胸をいためるのとは全く別の感慨が当時実際に生きていた人にはあり得るのだと言うことが幼い私にはとても衝撃的でした。
主義主張や、利害対立の無い一庶民の客観的な立場からの実感、感慨。
それはむしろ当事者にばかり眼を向け、感情移入しがちな「専門家」や「表現者」にとっては盲点かも知れません。
結局のところからゆきさんも慰安婦も、たとえ狭い選択肢の中からであれ自分でそうした生き方を選択したのだと私は考えます。
それが後から見れば悲惨なものだったにせよ、「選択した自分」や「それを黙認した身近な保護責任者」の責任に眼をつぶり100%の責任を周囲の「自分にそうした選択をさせた状況、あるいは他人」に求めることは卑怯だと思います。
それは「女衒になったのは世間のせい」とか、「日本が戦争したのも外国のせい」で済ませようとするのと本質的に同じです。
からゆきさん達を単なる「誘拐売春の被害者」にしてしまうことは「兄さんは田畑ば買うて、太か家ば建てて、良か嫁ごば貰うて立派に男になれると思うて」と言う「いじらしさ」に眼をつむり彼女達の自らの人生の主体から引きずりおろしてしまうことに他ならないのではないでしょうか。
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「近代日本国家は、政治的・軍事的に中国大陸や東南アジアの島々へ進出して行く力の弱かった段階において、まず、元手要らずの経済進出-からゆきさんを大量に赴かせるとい方策を採り、そこから吸い上げた外貨を転用して富国強兵を遂行しようと考え、事実そのようにしたわけである。」P266
「(元からゆきさんが皆亡くなって-引用者補足)彼女らが皆無になっても、この日本からからゆきさんがいなくなったわけではない。
わたしたちは知っている-第二次世界大戦のときに、中国や東南アジア諸国へ侵略に出かけた日本の軍隊が、<慰安婦>と呼ばれる日本女性や朝鮮女性を一緒に連れて行ったのを。」P269
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更に山崎氏はマルクスまで持ち出して「現行の国家や社会体制を変革し、真に民衆の意思を体現し得る社会を築かなくてはならない」P270〜271と言っておられます。
勿論「より良き社会」を求めての変革の努力は常に続けていくべきではありますが、マルクスを持ち出してくるのは2003年の視点から見るならば途方もなく愚かと言わざるえません。
無論これが書かれた70年代前半には非常な説得力があったであろうことは推察できるのですが、結局のところ過去の他人の判断や言動を未来の視点、価値観、倫理観から批判することが如何に安易かつ容易なことであるか作者の過去の主張を俎上にのせることが何よりの証明となってしまっているのではないでしょうか。
それは私の幼い頃の事なのですが、祖母にねだって友人と供に映画「あぁ、野麦峠」につれていってもらった翌日、今度は友人の祖母から思い掛けない話を聞いたのです。
友人の祖母が育ったのは中部地方の小さな村で幼友達が皆製糸工場の女工に出てしまうので親にどうしても皆と一緒に女工に出たいと泣いて頼んだが許してもらえなかった。とても寂しかったと言うのです。
もちろんそれで製糸工場の悲惨さが薄らぐ訳ではありませんが、後世の私達が当時事を(現代人が)描いた映画や本に胸をいためるのとは全く別の感慨が当時実際に生きていた人にはあり得るのだと言うことが幼い私にはとても衝撃的でした。
主義主張や、利害対立の無い一庶民の客観的な立場からの実感、感慨。
それはむしろ当事者にばかり眼を向け、感情移入しがちな「専門家」や「表現者」にとっては盲点かも知れません。
結局のところからゆきさんも慰安婦も、たとえ狭い選択肢の中からであれ自分でそうした生き方を選択したのだと私は考えます。
それが後から見れば悲惨なものだったにせよ、「選択した自分」や「それを黙認した身近な保護責任者」の責任に眼をつぶり100%の責任を周囲の「自分にそうした選択をさせた状況、あるいは他人」に求めることは卑怯だと思います。
それは「女衒になったのは世間のせい」とか、「日本が戦争したのも外国のせい」で済ませようとするのと本質的に同じです。
からゆきさん達を単なる「誘拐売春の被害者」にしてしまうことは「兄さんは田畑ば買うて、太か家ば建てて、良か嫁ごば貰うて立派に男になれると思うて」と言う「いじらしさ」に眼をつむり彼女達の自らの人生の主体から引きずりおろしてしまうことに他ならないのではないでしょうか。
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「近代日本国家は、政治的・軍事的に中国大陸や東南アジアの島々へ進出して行く力の弱かった段階において、まず、元手要らずの経済進出-からゆきさんを大量に赴かせるとい方策を採り、そこから吸い上げた外貨を転用して富国強兵を遂行しようと考え、事実そのようにしたわけである。」P266
「(元からゆきさんが皆亡くなって-引用者補足)彼女らが皆無になっても、この日本からからゆきさんがいなくなったわけではない。
わたしたちは知っている-第二次世界大戦のときに、中国や東南アジア諸国へ侵略に出かけた日本の軍隊が、<慰安婦>と呼ばれる日本女性や朝鮮女性を一緒に連れて行ったのを。」P269
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更に山崎氏はマルクスまで持ち出して「現行の国家や社会体制を変革し、真に民衆の意思を体現し得る社会を築かなくてはならない」P270〜271と言っておられます。
勿論「より良き社会」を求めての変革の努力は常に続けていくべきではありますが、マルクスを持ち出してくるのは2003年の視点から見るならば途方もなく愚かと言わざるえません。
無論これが書かれた70年代前半には非常な説得力があったであろうことは推察できるのですが、結局のところ過去の他人の判断や言動を未来の視点、価値観、倫理観から批判することが如何に安易かつ容易なことであるか作者の過去の主張を俎上にのせることが何よりの証明となってしまっているのではないでしょうか。
これは メッセージ 1983 (abelard さん)への返信です.
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