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参考に-1

投稿者: abelard 投稿日時: 2003/08/20 15:57 投稿番号: [1983 / 43168]
資料として「サンダカン八番娼館」(文春文庫版)より幾つかの記述を抜粋しておきます。
OCR使用ですので思い掛けない誤植があるかも知れません。見落としがありましてもご甘受下さい。

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「村岡伊平治というひとりの海外売春婦誘拐業者が、明治時代の中期から昭和十年代の初めまでシンガポールやマニラなどで遊廓経営をした体験を、あからさまに述べたといわれる自叙伝である。」

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以上P16より抜粋。山崎朋子氏は女衒兼遊廓経営者を「海外売春婦誘拐業者」と規定している。

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「となり近所の姉さんたちが、大金もろうて外国へ行きよるとば見ておって、子どみ心にも、おなごが外國さん行けば、兄さんは田畑ば買うて、太か家ば建てて、良か嫁ごば貰うて立派に男になれると思うてな、じやけん、うちが外国さん行くことにしたとよ。」

「うちは三百円で、太郎造親方に連れられて、ポルネオのサンダカンに行くことになったとね。矢須吉兄さんは、うちの前にこうやって両手ばついて、『どうか、外国さん行ってくれ』と頼みなさった。」

「おハナさんにな、次の日会うたとき、うちは外国行きの話ばして聞かせて、太郎造親方の言うたとおり、『外国さん行けば、毎日祭日のごたる、良か着物ば着て、白か米ンめしばいくらでも食えると。じやけん、おまえも行かんか』と誘った。そしたらおハナさんは、一も二もなく『ぅちも行こう』と言うた。」

「おハナさんばっかりじやなか。そんとさ、やっばり遊び朋輩の竹下ツギヨさんがそこに居合わせておったんじやがの、ツギヨさんも『うちも外国さん行きたか、仲間に入れてほしか』言いよるとたい。」

「うちが外国さん行くとば知って、久しぶりにおっ母さんがやって来た。そうしてな、うちに新しか着物一枚こしらえてくれたと。」

「おっ母さんはうちにぴたっとひっ付いて、『遠か外国さん行くんとじやもんね、これが今生のお別れじやろ。また逢えるときがあろうかいのう-』と、頬ばびたびたにして泣きつづけておったと。」

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以上P75〜81よりの抜粋ですが、私としては当時の女衒の行為を「誘拐」とまで言うことは出来ないと思います。
からゆきさん本人達の理解、主観がどうあれ合意し、保護者も全て(本人達以上に実情を理解のうえ)納得同意しているのですから。
当時のこうした行為を「誘拐」であるとするならば、親も「誘拐犯の共犯」であったと言わざるえないでしょう。
山崎氏が「海外売春婦誘拐業者」と言う記述を用いたことに「冷静さ」や「客観性」を見い出すことはできません。
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