財政赤字が1%を超えると
投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2004/08/27 19:27 投稿番号: [11550 / 43168]
幕府では大問題となった。
幕府が財政赤字を極度に恐れる理由として、「危機管理」の考え方があった。
明暦の大火で江戸が壊滅した時に、大老保科正之は木材の物価凍結令とともに、幕府の金庫を空け、大規模な公共投資を行い、江戸を耐火都市として復興した。
そのかわり、燃え落ちた江戸城の復興は取りやめた。
東京空襲に匹敵する大打撃を受けたにもかかわらず、江戸は急速に復興し、江戸幕府初期の未曾有の危機を乗り切った。
幕閣が「戦が起きたらどうします。城は必要です」と江戸城の再興を訴えると、保科正之は激怒し「この国のどこに戦がある?この大火が幕府が滅びるか否かの大戦なのだ!」と一喝した。
それ以来、江戸城は復興されないことが伝統となり、さらなる危機に備えるために、幕府は絶対に赤字財政を許さなかった。
江戸幕府の政治体系は共和制ローマ時代の護民官による集団指導体制と良く似ていた。
老中が護民官であった。
大老とはローマ帝国におけるディクテイター(独裁者)のような役割であり、保科正之は危機にあって、見事に幕府を安定させたディクテイターであった。
これは メッセージ 11547 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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