2.26(トピずれ御容赦)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/02/27 00:17 投稿番号: [783 / 7270]
一昔前ですとNHKなどで特集がありましたが・・・
今年もみかけないなぁ〜。(「アーカイブス」で昔のを放送したらしい・・見そこないましたが)
↓当時の東北地方の農村の疲弊はかなりだった様で(ひどいとは聞いてたけど、ホントにひでぇや)
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/niniroku.htm
ここで、当時の半島は〜と調べればトピずれにならないのですが、
上記のHPに「米国の食糧輸出戦略」というのがありまして・・・
↓ガリオア・エロアって無償援助じゃなかったんですか?きったねぇ〜ぞ!アメリカ・・・
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hp-1.htm#inbou
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
〜略〜占領地経済復興基金、からの援助プログラムによる米国産の小麦の払い下げを受けて発足したもので、ガリオア援助には食糧以外にも原綿、肥料、燃料、医薬品もふくまれていました。
日本に対する援助はこれ以外に国連が管理したララ=LARA(Licensed Agency for Relief of Asia)アジア救済機関による援助があり、これにより米国産の粉ミルクが日本全国の小学校児童に配給されました。
ガリオアによる援助は昭和二十三年(1948年)にエロア援助に吸収されましたが、基金の性格、その目的(米国における余剰農産物の処理)から、本来占領地域に対する無償援助の「はず」でした。
〜中略〜
これは欧州に対する対共産主義政策の一環としての無償援助であるマーシャル・プラン(欧州経済復興援助計画)に対応したもので、日本に対しても当初は無償援助と言っておきながらサンフランシスコ講和条約締結を前に、米国政府が突然総額二十億ドル(当時の為替レートで七千二百億円)の援助の立て替え代金(?)を請求したので、日本政府は「寝耳に水」と驚きました。
無償援助ではなく有償でもない、貸与したとする口実を米国は考えついたのです。品質、鮮度が商品価値を左右する農産物について、大量の現物貸与などという話はこれまで聞いたことがありません。しかも日本政府はそれまで援助は無償であると信じていて、占領中には国会で「米国の援助に対する感謝決議」までして来たのです。
もし仮に貸与であるとするならば、政府間の貸借契約書があるはずですが、そのような書類は存在しませんでした。また小麦や脱脂粉乳の援助が有償、つまり売買契約に基づくものであるならば、その売買契約書が存在し、売買金額(トン当たりいくら、または総額いくら)が当然その契約書に記載されているはずです。
ところがガリオア、エロア援助に関する公文書には売買契約に関する文書やそれに関する条項がなく、金額の記載も全くありませんでした。値段も決めずに何千億円もの品物を買う愚か者など、たとえ占領下でもいるはずがありません。日本は米国から詐欺に遭ったのです
〜中略〜交渉は難航しましたが、昭和三十七年(1962年)一月に、米国が援助の経緯を勘案した結果、当初請求した金額を定石通りに四億九千万ドル(千七百六十四億円)に減額して交渉成立に誠意を示した(?)ので、日本は十五年の年賦での返済に応じることとなり、後にはそれを完済し解決しました。
かなり減額したように思えますが、それまでに日本は占領に要する経費である終戦処理費として、五十億ドルもの大金を占領軍の為に支出したのです。あたかも刑務所の看守の給料を、囚人が負担したようなものです。
その一方でマーシャル・プランによる経済援助を受けたヨーロッパの国々で、債務(?)返済に応じた国はありませんでしたが、アメリカ政府は赤子の手をひねるが如く簡単に、支払い義務の無い大金を日本から巻き上げました。〜後略〜
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文章が「しんぶん赤旗」っぽいのが気になりますが、これは事実なんでしょうか?
詳しい方おられましたらよろしくお願いします。(嫌韓以前に嫌米の兎亀蝸牛です)
今年もみかけないなぁ〜。(「アーカイブス」で昔のを放送したらしい・・見そこないましたが)
↓当時の東北地方の農村の疲弊はかなりだった様で(ひどいとは聞いてたけど、ホントにひでぇや)
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/niniroku.htm
ここで、当時の半島は〜と調べればトピずれにならないのですが、
上記のHPに「米国の食糧輸出戦略」というのがありまして・・・
↓ガリオア・エロアって無償援助じゃなかったんですか?きったねぇ〜ぞ!アメリカ・・・
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hp-1.htm#inbou
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〜略〜占領地経済復興基金、からの援助プログラムによる米国産の小麦の払い下げを受けて発足したもので、ガリオア援助には食糧以外にも原綿、肥料、燃料、医薬品もふくまれていました。
日本に対する援助はこれ以外に国連が管理したララ=LARA(Licensed Agency for Relief of Asia)アジア救済機関による援助があり、これにより米国産の粉ミルクが日本全国の小学校児童に配給されました。
ガリオアによる援助は昭和二十三年(1948年)にエロア援助に吸収されましたが、基金の性格、その目的(米国における余剰農産物の処理)から、本来占領地域に対する無償援助の「はず」でした。
〜中略〜
これは欧州に対する対共産主義政策の一環としての無償援助であるマーシャル・プラン(欧州経済復興援助計画)に対応したもので、日本に対しても当初は無償援助と言っておきながらサンフランシスコ講和条約締結を前に、米国政府が突然総額二十億ドル(当時の為替レートで七千二百億円)の援助の立て替え代金(?)を請求したので、日本政府は「寝耳に水」と驚きました。
無償援助ではなく有償でもない、貸与したとする口実を米国は考えついたのです。品質、鮮度が商品価値を左右する農産物について、大量の現物貸与などという話はこれまで聞いたことがありません。しかも日本政府はそれまで援助は無償であると信じていて、占領中には国会で「米国の援助に対する感謝決議」までして来たのです。
もし仮に貸与であるとするならば、政府間の貸借契約書があるはずですが、そのような書類は存在しませんでした。また小麦や脱脂粉乳の援助が有償、つまり売買契約に基づくものであるならば、その売買契約書が存在し、売買金額(トン当たりいくら、または総額いくら)が当然その契約書に記載されているはずです。
ところがガリオア、エロア援助に関する公文書には売買契約に関する文書やそれに関する条項がなく、金額の記載も全くありませんでした。値段も決めずに何千億円もの品物を買う愚か者など、たとえ占領下でもいるはずがありません。日本は米国から詐欺に遭ったのです
〜中略〜交渉は難航しましたが、昭和三十七年(1962年)一月に、米国が援助の経緯を勘案した結果、当初請求した金額を定石通りに四億九千万ドル(千七百六十四億円)に減額して交渉成立に誠意を示した(?)ので、日本は十五年の年賦での返済に応じることとなり、後にはそれを完済し解決しました。
かなり減額したように思えますが、それまでに日本は占領に要する経費である終戦処理費として、五十億ドルもの大金を占領軍の為に支出したのです。あたかも刑務所の看守の給料を、囚人が負担したようなものです。
その一方でマーシャル・プランによる経済援助を受けたヨーロッパの国々で、債務(?)返済に応じた国はありませんでしたが、アメリカ政府は赤子の手をひねるが如く簡単に、支払い義務の無い大金を日本から巻き上げました。〜後略〜
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文章が「しんぶん赤旗」っぽいのが気になりますが、これは事実なんでしょうか?
詳しい方おられましたらよろしくお願いします。(嫌韓以前に嫌米の兎亀蝸牛です)
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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