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2朝鮮郵便年金証書

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/09/03 13:30 投稿番号: [7193 / 7270]
  キムさんの祖母は、その金を使わず、「朝鮮郵便年金」など三つの年金に払い込んだ。祖母が1944年まで朝鮮郵便年金に納付した掛金は183円37銭。これで、52年2月21日から毎年100円ずつ年金を受け取れることになっていた。また、41年に加入した別の保険は34カ月間、毎月欠かさず50銭を納めるというものだった。キムさんの母オ・ソンジャさん(78)は、「保険料を納める毎月28日になると、義母はきちんとした身なりで、10里も離れた郵便局に出向いていた」と語った。

45年に韓国が日本の植民地支配から解放されると、祖母は郵便局を訪れ、年金の受け取りについて尋ねた。すると郵便局の職員は、「日本政府から受け取るべき年金」として、年金は支給できないと話した。

  それでも祖母は、「いつかもらえる日が来る」と、この証書を懐に抱きつつ、永遠の眠りに就いたという。嫁のイさんは、「義母は、6・25(朝鮮戦争)で砲弾が飛んできて家が燃えたときも、55年ごろに隣家から出た火が家に燃え移ったときも、“ちょっと待っていなさい”と言って火の中に飛び込み、必死の思いでこれを持ち出した」と語った。

  ところが、年金受取人の一人だったキムさんの父は、61年に肝臓がんでこの世を去った。祖母は、「娘が稼いだ金を大事に大事に、息子のためにせっせと年金として支払ってきたのに…」と胸をたたいて悔しがった。長女夫妻も、詐欺に遭って日本で稼いだ金を失い、さらに心を痛めたという。祖母は生計を立てるため、毎朝4時から麹(こうじ)の工場へ働きに出る嫁のオさんに、「年金をもたえれば、お前がこんな苦労をしなくてもよくなるのに」と泣き叫んだこともある。キムさんの父が他界した年、祖母は「体の中に、腕くらいの棒が詰まってるようだ」と言って、病に倒れた。祖母は、65年6月に日韓基本条約が結ばれてからわずか3カ月後、病気のため息を引き取った。韓国政府が日本との間で対日請求権を整理し、個人が日本政府から金を受け取る道が閉ざされてしまったことを嘆いていたという。

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