無辜の民
投稿者: honto_gou_tell_me 投稿日時: 2004/01/13 09:21 投稿番号: [650 / 7270]
> 赤城さん
上げついでと話題がずれてきたのでにこちらにレスします。
>「ごく一部」、をどう解するじゃないかな。
「金正日の料理人」読んでみるとその生活振りから想像するに「権力核」は本当にごく一部という感じがしましたね。
いや、あくまでもお付の料理人から見た話ですから全部真に受ける訳にもいきませんが。
>さらに、かなりの多数の者の不作為の責任ということもあるかな。
これやりだしたら、峻別するのが難しいですよね。
個人的な定義としては「責任(罪)は(少しくらいあっても)問われない人々」程度の認識で使っています。
「少しくらいあっても問われない」については「権力装置から遠い」からという理由になるでしょう。
>>ただし民族や民度の違い、取り巻く状況の厳しさがあるとはいえ、
>>あのような古代専制君主制ような政治体制であることの自らの責任はそれなりにあると思いますが。
つまり、(多数の不作為の)責任はあるが、それをもって現実の「峻別」は今の時代は出来ないだろう・・・それで「無辜」の表現となったようです。
不作為の責任の扱いが鍵になりそうですね。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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