Re: 質問です。
投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/03/11 17:01 投稿番号: [6381 / 7270]
>徴兵令があったことは貴殿も認めるようになりましだね。よかったです。
徴兵は最初から認めてますが。もう一度読み返して下さい。
>貴殿は新兵訓練が11ヶ月も続いて、朝鮮人兵士は戦地に向かうことなく、終戦を迎えたと言い切っていらっしゃるようですが
言葉及び新兵の訓練には時間がかかります。言葉が通じず、戦闘の素人を戦地へ出せば全滅ですから。それに加え、船舶、物資不足で輸送船の調達がなかなかできなかたことも原因です。
>これにつきましては、貴殿はご都合よく在日韓国・朝鮮の方々のみに限定して話をしていますが、
限定してませんが。何処にその様な記述がありますか。
日本は敗戦国で主権がなかった。それで何ができますか?当時の朝鮮人は、日本敗戦と同時に、朝鮮では総督府に大極旗を掲げ戦勝国と主張しましね。また、戦勝国民としてサンフランシスコ講和会議の出席を主張しました。しかし、却下されました。それから、日本に居座った南北分裂前の在日朝鮮人も戦勝国民と主張し、悪辣の限りを働きましたが、マッカーサーから朝鮮人は戦勝国民でなく、第三国人と規定されましたね。自分の意思で、朝鮮人に戻ったのです。
>自分の意志とは関係なく日本国籍を剥奪されました。
従い、↑のような言葉遊びはやめましょう。
>「国史編纂委員会の努力は称賛に値する。しかし、これが極めて取り扱いに困る史料であることも事実だ。誤読や誤用の危険もある。日帝時代に総督府の影響下にあった李王職の主管で編纂されたものであるため、『朝鮮王朝実録』に含まれていないだけでなく、国宝やユネスコ世界遺産にも指定されていない。」
これは、現在の韓国人の推測でしょ。総督府から圧力受けたと何かの書にありますか。それと朝鮮王朝実録に含まれてない、国宝やユネスコ世界遺産にも指定されてないというのは、全く理由になりませんね。
日韓併合条約締結は無理やりさせられた不当なものと言う韓国人にとり極めて不都合だから、気まずいインターネット公開と書いてるのでは。
それに、
>また、1909年10月26日条を見ると、皇太子が皇帝に伊藤博文の死亡を伝える電報を送り、「我が国の者の凶手にかかり、殺害されたことに驚きを禁じ得ない」と報告している。甚だしくは、内閣が伊藤の死を哀悼しようと、4日間にわたりソウルでの音楽と歌を禁止したという記述まである。
この記述もおかしいといわんばかりですな。笑
しかし、伊藤博文の暗殺に対し、
「伊藤公暗殺」に対する韓国皇帝の論調
<伊藤を失ったことで、東洋の人傑がいなくなった。公はわが国に忠実正義 をもって望み、骨を長白山に埋めて、韓国の文明発達に尽くすと揚言していた。日本に政治家多しといえども、伊藤のように世界の大勢を見て、東洋の 平和を念じた者はいない。実に伊藤はわが国の慈父である。その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事の理事を解さない流浪人であろう。> 十月二十七日 太皇帝(高宗)
<伊藤を失ったことは、わが国といわず、日本のみならず、東洋の不幸である。その凶漢が韓国人とあっては、赤面のほかない。> 十月二十八日 太皇帝(高宗)
何ら矛盾しませんよね。
>>誰が何時、如何したか具合的に書いて下さい。
>そこまで話を広げるにはまだ時期早々であると思われます。
はあ、貴兄が<お后を焼き殺し、宮廷を囲んで武力で脅かしを繰り返し・・・>と書いたのですが、根拠も無くですか。しかも貴兄は日韓併合の経緯としてますね。応えて下さい。
徴兵は最初から認めてますが。もう一度読み返して下さい。
>貴殿は新兵訓練が11ヶ月も続いて、朝鮮人兵士は戦地に向かうことなく、終戦を迎えたと言い切っていらっしゃるようですが
言葉及び新兵の訓練には時間がかかります。言葉が通じず、戦闘の素人を戦地へ出せば全滅ですから。それに加え、船舶、物資不足で輸送船の調達がなかなかできなかたことも原因です。
>これにつきましては、貴殿はご都合よく在日韓国・朝鮮の方々のみに限定して話をしていますが、
限定してませんが。何処にその様な記述がありますか。
日本は敗戦国で主権がなかった。それで何ができますか?当時の朝鮮人は、日本敗戦と同時に、朝鮮では総督府に大極旗を掲げ戦勝国と主張しましね。また、戦勝国民としてサンフランシスコ講和会議の出席を主張しました。しかし、却下されました。それから、日本に居座った南北分裂前の在日朝鮮人も戦勝国民と主張し、悪辣の限りを働きましたが、マッカーサーから朝鮮人は戦勝国民でなく、第三国人と規定されましたね。自分の意思で、朝鮮人に戻ったのです。
>自分の意志とは関係なく日本国籍を剥奪されました。
従い、↑のような言葉遊びはやめましょう。
>「国史編纂委員会の努力は称賛に値する。しかし、これが極めて取り扱いに困る史料であることも事実だ。誤読や誤用の危険もある。日帝時代に総督府の影響下にあった李王職の主管で編纂されたものであるため、『朝鮮王朝実録』に含まれていないだけでなく、国宝やユネスコ世界遺産にも指定されていない。」
これは、現在の韓国人の推測でしょ。総督府から圧力受けたと何かの書にありますか。それと朝鮮王朝実録に含まれてない、国宝やユネスコ世界遺産にも指定されてないというのは、全く理由になりませんね。
日韓併合条約締結は無理やりさせられた不当なものと言う韓国人にとり極めて不都合だから、気まずいインターネット公開と書いてるのでは。
それに、
>また、1909年10月26日条を見ると、皇太子が皇帝に伊藤博文の死亡を伝える電報を送り、「我が国の者の凶手にかかり、殺害されたことに驚きを禁じ得ない」と報告している。甚だしくは、内閣が伊藤の死を哀悼しようと、4日間にわたりソウルでの音楽と歌を禁止したという記述まである。
この記述もおかしいといわんばかりですな。笑
しかし、伊藤博文の暗殺に対し、
「伊藤公暗殺」に対する韓国皇帝の論調
<伊藤を失ったことで、東洋の人傑がいなくなった。公はわが国に忠実正義 をもって望み、骨を長白山に埋めて、韓国の文明発達に尽くすと揚言していた。日本に政治家多しといえども、伊藤のように世界の大勢を見て、東洋の 平和を念じた者はいない。実に伊藤はわが国の慈父である。その慈父に危害を加える者があるとすれば、物事の理事を解さない流浪人であろう。> 十月二十七日 太皇帝(高宗)
<伊藤を失ったことは、わが国といわず、日本のみならず、東洋の不幸である。その凶漢が韓国人とあっては、赤面のほかない。> 十月二十八日 太皇帝(高宗)
何ら矛盾しませんよね。
>>誰が何時、如何したか具合的に書いて下さい。
>そこまで話を広げるにはまだ時期早々であると思われます。
はあ、貴兄が<お后を焼き殺し、宮廷を囲んで武力で脅かしを繰り返し・・・>と書いたのですが、根拠も無くですか。しかも貴兄は日韓併合の経緯としてますね。応えて下さい。
これは メッセージ 6376 (tsu_561 さん)への返信です.
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