Re: 「井筒監督はアホ」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/04/21 00:18 投稿番号: [5636 / 7270]
さらに、映画自体の誕生・製作に大きく寄与した李鳳宇エグゼクティブプロデューサーの存在についても指摘しておかなければならない。李は、一九六〇年生まれで、朝鮮大学卒業後、パリに留学し、一九八八年、映画の製作・配給会社でもある「シネカノン」を設立。映画「月はどっちに出ている」(崔洋一監督、一九九三年)をプロデュースし、韓国映画「シュリ」の日本上映も手がけた。
(中略)
以上、「パッチギ!」は、在日朝鮮人の意図的な「異質化」と、それと北朝鮮との関係の隠蔽が、意図的に行われ、「異質化」の正当性を、予備知識のない観客を大いにミスリードしながら訴える映画だといっていいだろう。「河を乗り越える」ことに意義を見出しているが、そもそもの「河」の設定そのものが捏造であるのだ。その意図は、「帰国事業」や「拉致」を始め数え切れない人々の命を奪い、塗炭の苦しみを与えている北朝鮮体制の本質の隠蔽であり、そこに関与した人々の免責であり、また、井筒のような「社会派」を自称する人間が「日本人に虐げられてきた在日」を描き出す映画を作ることで事実上の北寄りの発言権を獲得する目的もあるのかもしれない。
この手法は、実に姜尚中と酷似している(拙稿「姜尚中『在日』を無制限に免責符に使う『プロ市民』」本誌二〇〇五年三月号参照)。このことを示すように、二〇〇五年一月十三日の『朝日新聞』(タ刊)に掲載された映画の全面広告では、姜が写真入りで登場し、以下のように述べている。
〈北と南の間だけではなく、日本と南北朝鮮、日本と在日の問にも、それらを分断する見えない川は存在します。その川を渡れるのは、きっとこの映画で描かれているような、柔軟な感性と熱いエネルギーをもった若い世代でしょう……ぜひたくさんの若い人たちに観てもらいたいですね〉
まさに、そうした「若い人たち」を、捏造された「異質化」と北朝鮮の本質隠蔽によって執拗にミスリードしようとしているのが、姜であり、この映画「パッチギ!」であるのだ。
井筒は李から薦められた『少年Mのイムジン河』を元にこの映画を製作したが、筆者としては、『楽園の夢破れて』と『凍土の共和国』の一読を強く薦めたい。というのも、井筒は、二〇〇五年二月九日の『朝日新聞』(タ刊)において、次のように語っているからだ。
〈最近の日本は、あしきナショナリズムで自分の国のことばかり語り過ぎる。日本が周りの国にどんなひどいことをしてきたか、知らなきゃ本当の友達にはなれない。無知は罪ですよ。若い人には、この映画を見て、泣いて笑って、そして知ってほしい〉
しかし、「無知は罪」とは、そのまま自分に返ってくるフレーズだろう。それは、本稿で指摘したように、在日朝鮮人の「異質化」や、帰国事業に関して、“史実”に反した描写を行っている一方で、例えば鄭大均『在日・強制連行の神話』(文春新書、二〇〇四年)という研究が存在するにもかかわらず、神話化された強制連行の誤った“史実”は、これまで述べてきたように強調しているからだ。これでは「朝鮮総連翼賛」の宣伝娯楽映画といっても過言ではなかろう。実に「自分の国のことばかり語り過ぎる」北朝鮮こそが、核兵器保有宣言に象徴されるように、「周りの国にどんなひどいことをして」いるのかを認識しない限り「本当の友達」になるスタートラインに立つことすらできないのではないか。にもかかわらず、日本人の若者に、「無知は罪」などと呼びかけることは到底容認できない。
ぜひとも、井筒には以上の点を猛省した上で、「帰国事業」の凄惨さと欺瞞性を題材とした次回作に、一刻も早く取り組まれることを期待したい。
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浅川晃広
一九七四年生まれ。在日韓国人三世として出生。
九七年、オーストラリア国立大学留学。九九年大阪大学大学院修士。同年、日本国籍取得。在オーストラリア日本国大使館専門調査員を経て、二〇〇五年より現職。専門は移民政策論、オーストラリア政治社会論。著書『在日外国人と帰化制度』(新幹社、二〇〇三)。
(中略)
以上、「パッチギ!」は、在日朝鮮人の意図的な「異質化」と、それと北朝鮮との関係の隠蔽が、意図的に行われ、「異質化」の正当性を、予備知識のない観客を大いにミスリードしながら訴える映画だといっていいだろう。「河を乗り越える」ことに意義を見出しているが、そもそもの「河」の設定そのものが捏造であるのだ。その意図は、「帰国事業」や「拉致」を始め数え切れない人々の命を奪い、塗炭の苦しみを与えている北朝鮮体制の本質の隠蔽であり、そこに関与した人々の免責であり、また、井筒のような「社会派」を自称する人間が「日本人に虐げられてきた在日」を描き出す映画を作ることで事実上の北寄りの発言権を獲得する目的もあるのかもしれない。
この手法は、実に姜尚中と酷似している(拙稿「姜尚中『在日』を無制限に免責符に使う『プロ市民』」本誌二〇〇五年三月号参照)。このことを示すように、二〇〇五年一月十三日の『朝日新聞』(タ刊)に掲載された映画の全面広告では、姜が写真入りで登場し、以下のように述べている。
〈北と南の間だけではなく、日本と南北朝鮮、日本と在日の問にも、それらを分断する見えない川は存在します。その川を渡れるのは、きっとこの映画で描かれているような、柔軟な感性と熱いエネルギーをもった若い世代でしょう……ぜひたくさんの若い人たちに観てもらいたいですね〉
まさに、そうした「若い人たち」を、捏造された「異質化」と北朝鮮の本質隠蔽によって執拗にミスリードしようとしているのが、姜であり、この映画「パッチギ!」であるのだ。
井筒は李から薦められた『少年Mのイムジン河』を元にこの映画を製作したが、筆者としては、『楽園の夢破れて』と『凍土の共和国』の一読を強く薦めたい。というのも、井筒は、二〇〇五年二月九日の『朝日新聞』(タ刊)において、次のように語っているからだ。
〈最近の日本は、あしきナショナリズムで自分の国のことばかり語り過ぎる。日本が周りの国にどんなひどいことをしてきたか、知らなきゃ本当の友達にはなれない。無知は罪ですよ。若い人には、この映画を見て、泣いて笑って、そして知ってほしい〉
しかし、「無知は罪」とは、そのまま自分に返ってくるフレーズだろう。それは、本稿で指摘したように、在日朝鮮人の「異質化」や、帰国事業に関して、“史実”に反した描写を行っている一方で、例えば鄭大均『在日・強制連行の神話』(文春新書、二〇〇四年)という研究が存在するにもかかわらず、神話化された強制連行の誤った“史実”は、これまで述べてきたように強調しているからだ。これでは「朝鮮総連翼賛」の宣伝娯楽映画といっても過言ではなかろう。実に「自分の国のことばかり語り過ぎる」北朝鮮こそが、核兵器保有宣言に象徴されるように、「周りの国にどんなひどいことをして」いるのかを認識しない限り「本当の友達」になるスタートラインに立つことすらできないのではないか。にもかかわらず、日本人の若者に、「無知は罪」などと呼びかけることは到底容認できない。
ぜひとも、井筒には以上の点を猛省した上で、「帰国事業」の凄惨さと欺瞞性を題材とした次回作に、一刻も早く取り組まれることを期待したい。
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浅川晃広
一九七四年生まれ。在日韓国人三世として出生。
九七年、オーストラリア国立大学留学。九九年大阪大学大学院修士。同年、日本国籍取得。在オーストラリア日本国大使館専門調査員を経て、二〇〇五年より現職。専門は移民政策論、オーストラリア政治社会論。著書『在日外国人と帰化制度』(新幹社、二〇〇三)。
これは メッセージ 5635 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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