山折哲雄 「『恨』は鎮められないのか」
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2007/02/07 03:00 投稿番号: [5002 / 7270]
↓「山折哲雄のつれづれ『恨』は鎮められないのか」(2005年04月28日 読売新聞)
http://osaka.yomiuri.co.jp/kokorop/kp50427a.htm
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2月の下旬、久しぶりにソウルを訪れた。日韓の日本研究者が参加するフォーラムに出るためだった。早朝の気温が零下6度、ここしばらく経験することのなかった寒さに震え上がった。
ときあたかも「竹島」問題に火がつき、それに追い打ちをかけるように盧武鉉大統領による日本批判の演説が飛び出した。困ったことだと思い、時間の経過による鎮静化を待つほかないかと、暗い気分になった。
100年、200年のタイムスパンでは足りない。500年、1000年の歴史の単位で考えなければなるまいと思う。とりわけ日韓両国は今年、国交正常化40周年を迎える。今後の善隣友好を発展させるためにも、そのことが望まれるのではないか。
〜略〜
韓国の文化についていつも私の念頭に蘇(よみがえ)るのが「恨(ハン)の五百年」という言葉である。それはさまざまな文脈の下に語られてきた。〜略〜
この「恨」の議論について、かねてから興味をもっていたのが李御寧(イオリョン)さんの『恨の文化論―韓国人の心の底にあるもの』(学生社、1978年)だった。氏は1982年になって『「縮み」志向の日本人』を刊行して話題を呼んだが、その4年前の『恨の文化論』では、民話や歴史的なドラマを分析して日韓両国民の感性を比較している。それが衝撃的でもあり、私の胸に響いたのである。
それによると、日本語で「うらみ」は「怨」と「恨」にあてられ、ほぼ同じ意味に用いられているが、韓国ではその二つの漢字の意味は区別されなければならない。すなわち「怨」は他人にたいして抱く感情であり、外部の何ものかについて抱く感情である。だからこの感情は外部への復讐(ふくしゅう)によって消去され、晴らされる。ところが「恨」の方はそうではない。それは自分の内部に沈殿し蓄積していく情の固まりなのだ、という。だからその望みがかなえられなければ、解くことができない。換言すれば「怨」は憤怒であり、それにたいして「恨」は悲しみである。怨は火のように炎々と燃えるが、恨は雪のように積もる。
この李御寧さんの説にふれて思い出すのが、80年代に来日して話題を呼んだ韓国人歌手、趙容弼(チョーヨンピル)さんのことだ。氏は「釜山港へ帰れ」や「木浦の涙」をうたって聴く者の魂をゆさぶったが、「恨五百年」という歌もうたっていた。そしてこう言っている、――この恨は韓国人の心の奥にある民族の怒りであるとともに悲しみをあらわしているのです、と。
それにしても「恨の五百年」とは激しい言葉ではないか。日本人の感性に突き刺さるような強い表現であると思わないわけにはいかない。その言葉にふれて私がいつも思いおこすのが、わが国における「祟(たた)り」の文化である。平安時代の昔から親しんできた怨霊(おんりょう)やもののけによるタタリのことだ。この地上におけるさまざまな異常事態の原因を何ものかによる祟りの現象ととらえ、これを鎮める装置を開発してきた宗教文化といってもいい。「祟り」と「鎮魂」のメカニズムということになるが、韓国の「恨」の文化にはこのわが国における鎮魂にあたるものがあるのであろうか。「恨」を鎮める文化装置はないのであろうか。
そのような疑問の前に立って私がいつも考えるのが、鎮魂と仏教の結びつきという問題である。「源氏物語」に登場するもののけは、密教僧の加持祈祷(かじきとう)によって鎮められる。お能の舞台にあらわれる亡霊たち(シテ)の身もだえするような悲しみも、ワキの僧の祈りによって鎮められ、主人公はやがて退場していく。いずれの場合も、祟りの肥大化を食い止めるための文化装置のように思うのだが、恨の社会にはそのような便利なものはないのであろうか。
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http://osaka.yomiuri.co.jp/kokorop/kp50427a.htm
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2月の下旬、久しぶりにソウルを訪れた。日韓の日本研究者が参加するフォーラムに出るためだった。早朝の気温が零下6度、ここしばらく経験することのなかった寒さに震え上がった。
ときあたかも「竹島」問題に火がつき、それに追い打ちをかけるように盧武鉉大統領による日本批判の演説が飛び出した。困ったことだと思い、時間の経過による鎮静化を待つほかないかと、暗い気分になった。
100年、200年のタイムスパンでは足りない。500年、1000年の歴史の単位で考えなければなるまいと思う。とりわけ日韓両国は今年、国交正常化40周年を迎える。今後の善隣友好を発展させるためにも、そのことが望まれるのではないか。
〜略〜
韓国の文化についていつも私の念頭に蘇(よみがえ)るのが「恨(ハン)の五百年」という言葉である。それはさまざまな文脈の下に語られてきた。〜略〜
この「恨」の議論について、かねてから興味をもっていたのが李御寧(イオリョン)さんの『恨の文化論―韓国人の心の底にあるもの』(学生社、1978年)だった。氏は1982年になって『「縮み」志向の日本人』を刊行して話題を呼んだが、その4年前の『恨の文化論』では、民話や歴史的なドラマを分析して日韓両国民の感性を比較している。それが衝撃的でもあり、私の胸に響いたのである。
それによると、日本語で「うらみ」は「怨」と「恨」にあてられ、ほぼ同じ意味に用いられているが、韓国ではその二つの漢字の意味は区別されなければならない。すなわち「怨」は他人にたいして抱く感情であり、外部の何ものかについて抱く感情である。だからこの感情は外部への復讐(ふくしゅう)によって消去され、晴らされる。ところが「恨」の方はそうではない。それは自分の内部に沈殿し蓄積していく情の固まりなのだ、という。だからその望みがかなえられなければ、解くことができない。換言すれば「怨」は憤怒であり、それにたいして「恨」は悲しみである。怨は火のように炎々と燃えるが、恨は雪のように積もる。
この李御寧さんの説にふれて思い出すのが、80年代に来日して話題を呼んだ韓国人歌手、趙容弼(チョーヨンピル)さんのことだ。氏は「釜山港へ帰れ」や「木浦の涙」をうたって聴く者の魂をゆさぶったが、「恨五百年」という歌もうたっていた。そしてこう言っている、――この恨は韓国人の心の奥にある民族の怒りであるとともに悲しみをあらわしているのです、と。
それにしても「恨の五百年」とは激しい言葉ではないか。日本人の感性に突き刺さるような強い表現であると思わないわけにはいかない。その言葉にふれて私がいつも思いおこすのが、わが国における「祟(たた)り」の文化である。平安時代の昔から親しんできた怨霊(おんりょう)やもののけによるタタリのことだ。この地上におけるさまざまな異常事態の原因を何ものかによる祟りの現象ととらえ、これを鎮める装置を開発してきた宗教文化といってもいい。「祟り」と「鎮魂」のメカニズムということになるが、韓国の「恨」の文化にはこのわが国における鎮魂にあたるものがあるのであろうか。「恨」を鎮める文化装置はないのであろうか。
そのような疑問の前に立って私がいつも考えるのが、鎮魂と仏教の結びつきという問題である。「源氏物語」に登場するもののけは、密教僧の加持祈祷(かじきとう)によって鎮められる。お能の舞台にあらわれる亡霊たち(シテ)の身もだえするような悲しみも、ワキの僧の祈りによって鎮められ、主人公はやがて退場していく。いずれの場合も、祟りの肥大化を食い止めるための文化装置のように思うのだが、恨の社会にはそのような便利なものはないのであろうか。
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これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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