「大尉は自ら十字架背負った」
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/09/05 15:32 投稿番号: [4455 / 7270]
軍命存否で対立
「集団自決」訴訟
沖縄戦で「日本軍の指揮官の命令で慶良間諸島の住民が集団自決した」とする本の記述は誤りで、名誉を傷つけられたとして、当時の指揮官の1人と遺族が出版元の岩波書店(東京)と作家の大江健三郎さんを相手に、本の出版差し止めと損害賠償を求めた訴訟の第5回口頭弁論が1日、大阪地裁(深見敏正裁判長)であった。軍命の存否をめぐり、双方の主張が今回も真っ向から対立した。
原告側の指揮官、遺族側は「『集団自決』命令がなかった」と記した体験者の署名について、その正当性をあらためて主張した。
被告側の岩波、大江さんは、米軍が上陸した場合、日本軍が秘密保持のため住民とともに玉砕する方針を採り、玉砕(自決)を命じていたと指摘。「米軍の攻撃を受けた住民は、自決のために集められた後、手りゅう弾を手渡され、追い込まれた。住民は軍イコール隊長の命令により自決した」と書面で反論した。
さらに座間味島の「集団自決」について、座間味村が新聞社の問い合わせに「公式に軍命令があった」と回答していたことを挙げ、「軍命令は援護法適用のための方便」という原告側の主張を否定した。
(琉球新報) - 9月2日16時4分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060902-00000021-ryu-oki
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>被告側の岩波、大江さんは、米軍が上陸した場合、日本軍が秘密保持のため住民とともに玉砕する方針を採り、玉砕(自決)を命じていたと指摘。「米軍の攻撃を受けた住民は、自決のために集められた後、手りゅう弾を手渡され、追い込まれた。住民は軍イコール隊長の命令により自決した」と書面で反論した。
これは、再び調査もせず、何の根拠もない反論ですね。
次の、「軍命令」を否定した照屋昇雄さんのインタビュー記事で、「集団自決」の事情が分かります。
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http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0827-2.html
渡嘉敷島の集団自決 「大尉は自ら十字架背負った」
「大尉は、自ら十字架を背負ってくれた」。沖縄戦の渡嘉敷島で起きた集団自決の「軍命令」を新証言で否定した元琉球政府職員、照屋昇雄さん(82)。島民が年金や弔慰金を受け取れるようにするために名前を使われた赤松嘉次元大尉は、一部マスコミなどから残虐な指揮官というレッテルを張られてきた。照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。
(中略)
45年3月、集団自決慰霊祭出席のため渡嘉敷島に赴いた赤松元大尉は、島で抗議集会が開かれたため、慰霊祭に出席できなかった。中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されている。
渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話した。
(中略。照屋さんのインタビューへ続く)
沖縄戦で「日本軍の指揮官の命令で慶良間諸島の住民が集団自決した」とする本の記述は誤りで、名誉を傷つけられたとして、当時の指揮官の1人と遺族が出版元の岩波書店(東京)と作家の大江健三郎さんを相手に、本の出版差し止めと損害賠償を求めた訴訟の第5回口頭弁論が1日、大阪地裁(深見敏正裁判長)であった。軍命の存否をめぐり、双方の主張が今回も真っ向から対立した。
原告側の指揮官、遺族側は「『集団自決』命令がなかった」と記した体験者の署名について、その正当性をあらためて主張した。
被告側の岩波、大江さんは、米軍が上陸した場合、日本軍が秘密保持のため住民とともに玉砕する方針を採り、玉砕(自決)を命じていたと指摘。「米軍の攻撃を受けた住民は、自決のために集められた後、手りゅう弾を手渡され、追い込まれた。住民は軍イコール隊長の命令により自決した」と書面で反論した。
さらに座間味島の「集団自決」について、座間味村が新聞社の問い合わせに「公式に軍命令があった」と回答していたことを挙げ、「軍命令は援護法適用のための方便」という原告側の主張を否定した。
(琉球新報) - 9月2日16時4分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060902-00000021-ryu-oki
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>被告側の岩波、大江さんは、米軍が上陸した場合、日本軍が秘密保持のため住民とともに玉砕する方針を採り、玉砕(自決)を命じていたと指摘。「米軍の攻撃を受けた住民は、自決のために集められた後、手りゅう弾を手渡され、追い込まれた。住民は軍イコール隊長の命令により自決した」と書面で反論した。
これは、再び調査もせず、何の根拠もない反論ですね。
次の、「軍命令」を否定した照屋昇雄さんのインタビュー記事で、「集団自決」の事情が分かります。
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http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0827-2.html
渡嘉敷島の集団自決 「大尉は自ら十字架背負った」
「大尉は、自ら十字架を背負ってくれた」。沖縄戦の渡嘉敷島で起きた集団自決の「軍命令」を新証言で否定した元琉球政府職員、照屋昇雄さん(82)。島民が年金や弔慰金を受け取れるようにするために名前を使われた赤松嘉次元大尉は、一部マスコミなどから残虐な指揮官というレッテルを張られてきた。照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。
(中略)
45年3月、集団自決慰霊祭出席のため渡嘉敷島に赴いた赤松元大尉は、島で抗議集会が開かれたため、慰霊祭に出席できなかった。中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されている。
渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話した。
(中略。照屋さんのインタビューへ続く)
これは メッセージ 4448 (edozaijyu さん)への返信です.
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