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Re: 南京大虐殺の<不思議なのは

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2006/09/04 23:49 投稿番号: [4453 / 7270]
>戦後の極東軍事裁判で提出された資料によると、2カ所の慈善団体が南京で埋葬した遺棄死骸だけで15万5,337人であり、

紅卍字会と崇善堂の2団体ですが・・・
確かに、報告記録では埋葬数「15万5332」とありますね。
「昭和21年8月29日」での報告記録では(作成はその半年ちょい前、昭和20年11月から開始(笑))

南京攻略後、8年も経ってから「埋葬記録」作成、ですもんねぇ・・・
おまけに、
「わずか数軒だけが死者に供物を捧げ、故人を追慕し、また戦禍に生き延びた自分の僥倖(ぎょうこう)を願い、涙を流して当時の悲惨な出来事を語る人はほとんどいない状態であった」
「蒋介石集団《国民党と国民政府》は、日寇の罪状を調査した時、50万という見積もり数字を提出したではないか。それが『わずか数軒』の供養とはどうしたことか」
(上海「大広報」(昭和20.12・15))
の状態ですし?(苦笑)

崇善堂の作業を見ると、最初の4月までの間は1日平均130体であったものが、急に1日平均2600体となり、これを連続10日間にわたり作業してますし?(苦笑)
あ、当時はブルドーザーもパワーシャベルもなく、トラックも軍用以外ほとんどない時代で、崇善堂の各隊は主任1、隊員1、人夫10の計12名で構成です(「証言・南京大虐殺」南京市文史資料研究会編   167P)
しかも崇善堂の項目には、「工作進行範囲狭小」(活動は続いているが、規模は小さい)と特に注記してありますな。
ttp://www.history.gr.jp/~nanking/books_newdata_ara.html

はてさて、一体何隊投入したのやら・・・(苦笑)

「南京市政公署振務委員会の収支表(民国27年〈昭和13年〉5月より12月編)」からは。
「民間各種慈善団体は事変の為資金難に陥り、一時停頓したが、振務委員会の補助を受け、漸次復旧し・・・」とあり。
崇善堂が本格的な活動を再開したのは事件後8ヶ月後もたった「昭和13年9月から」と記録。
従って事件後4ヶ月間に11万余の死体を埋葬したという中国の主張は?(笑)


>揚子江にも大量の死体が捨てられた。

その行き着く先は「上海」なんですが・・・
当時、大量の死体が流れ着いた、なんて記事が無いモンなぁ・・・(呆)

>南京師範大学史学科

ある意味、もっとも熱心な「共産教」宣教師の養成機関ですしねぇ・・・

蛇足
>松井岩根

「松井石根」でつ・・・
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