朝Pの虚報
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/02 01:00 投稿番号: [4095 / 7270]
ホント号さんの代わりに投稿。(苦笑)
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朝日新聞 【社説】2006年06月01日(木曜日)付
虐殺裁判 裁かれるポト派の狂気
http://www.asahi.com/paper/editorial20060601.html
>30年近く前、カンボジアですさまじい規模の悲劇が起きた。ポル・ポト政権による大虐殺だ。強制労働や拷問などで殺された犠牲者は約170万人に及ぶとされる。
>だれの命令で、なぜ起きたのか。大虐殺の責任を追及する特別法廷が来月、正式に発足する。カンボジア政府と国連が協力して運営する裁判で、日本からも外国人裁判官の一人として国連アジア極東犯罪防止研修所教官の野口元郎氏が選ばれた。
>日本はまだICCに加盟していないものの、カンボジア特別法廷では国連が負担する経費の半分を拠出する予定だ。世界各地で起きる残虐行為を裁き、時代の狂気と決別するためにできる限りの支援を続けたい。
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よくこんな社説を平気で書けるものである。
30年前、朝日新聞は、ポル・ポトによる大虐殺がないかのような虚報を流し続けた。
同時の記事を抜粋してみよう。
なお、和田俊記者は「東京」でこれらの記事を書いています。
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朝日新聞の和田俊記者の「クメールの微笑」
昭和五十(一九七五)年の四月十九日付夕刊《入城する解放軍兵士とロン・ノル政府軍兵士は手を取りあって抱擁。……しかも、解放勢力の指導者がプノンペンの "裏切り者" たちに対し、「身の安全のために、早く逃げろ」と繰り返し忠告した。これを裏返せば、「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。それよりも目の前から消えてくれた方がいい」という意味であり、敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる。解放勢力指導者のこうした態度とカンボジア人が天性持っている楽天性を考えると、新生カンボジアは、いわば「明るい杜会主義国」として人々の期待にこたえるかもしれない》
《民族運動戦線(赤いクメール)を中心とする指導者たちは、徐々に社会主義の道を歩むであろう。しかし、カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか》
五月十七日に朝日新聞の朝刊で、《プノンペン陥落以後、解放勢力による大量処刑の情報がもっぱら米国筋から流された。ニューズウイーク誌(五月十二日号)などばかりでなく、フォード大統領、キッシンジャー国務長官らも残虐行為をにおわせた。しかし、これらの米国情報はいずれも日付、場所などの具体性に欠けている。……タイに脱出した西側記者のなかにも、処刑を確認した者はおらず、むしろ否定的な見方をとる方が多い》
《カンボジア解放勢力がプノンペン入城後、直ちに都市住民の農村への分散をはかったことは、われわれにとって驚きであった。……このきわめて大胆で過激な措置の意図はどこにあったのか。まず第一の推測は、戦火で荒廃した農業生産の復興である》
元毎日新聞南ベトナム特派員古森義久
同じ新聞記者として、というよりも、同じ人間として、これだけの虚言の罪を指摘されても、何も答えずに平然としていられるという神経は私には理解できません。
作家井沢元彦
本多勝一氏や和田俊氏が、朝日新聞で重大なミスリードや誤報をして、国民に誤った認識を植えつけたことはどうなんだ、となります。
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朝日新聞 【社説】2006年06月01日(木曜日)付
虐殺裁判 裁かれるポト派の狂気
http://www.asahi.com/paper/editorial20060601.html
>30年近く前、カンボジアですさまじい規模の悲劇が起きた。ポル・ポト政権による大虐殺だ。強制労働や拷問などで殺された犠牲者は約170万人に及ぶとされる。
>だれの命令で、なぜ起きたのか。大虐殺の責任を追及する特別法廷が来月、正式に発足する。カンボジア政府と国連が協力して運営する裁判で、日本からも外国人裁判官の一人として国連アジア極東犯罪防止研修所教官の野口元郎氏が選ばれた。
>日本はまだICCに加盟していないものの、カンボジア特別法廷では国連が負担する経費の半分を拠出する予定だ。世界各地で起きる残虐行為を裁き、時代の狂気と決別するためにできる限りの支援を続けたい。
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よくこんな社説を平気で書けるものである。
30年前、朝日新聞は、ポル・ポトによる大虐殺がないかのような虚報を流し続けた。
同時の記事を抜粋してみよう。
なお、和田俊記者は「東京」でこれらの記事を書いています。
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朝日新聞の和田俊記者の「クメールの微笑」
昭和五十(一九七五)年の四月十九日付夕刊《入城する解放軍兵士とロン・ノル政府軍兵士は手を取りあって抱擁。……しかも、解放勢力の指導者がプノンペンの "裏切り者" たちに対し、「身の安全のために、早く逃げろ」と繰り返し忠告した。これを裏返せば、「君たちが残っていると、われわれは逮捕、ひいては処刑も考慮しなければならない。それよりも目の前から消えてくれた方がいい」という意味であり、敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる。解放勢力指導者のこうした態度とカンボジア人が天性持っている楽天性を考えると、新生カンボジアは、いわば「明るい杜会主義国」として人々の期待にこたえるかもしれない》
《民族運動戦線(赤いクメール)を中心とする指導者たちは、徐々に社会主義の道を歩むであろう。しかし、カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか》
五月十七日に朝日新聞の朝刊で、《プノンペン陥落以後、解放勢力による大量処刑の情報がもっぱら米国筋から流された。ニューズウイーク誌(五月十二日号)などばかりでなく、フォード大統領、キッシンジャー国務長官らも残虐行為をにおわせた。しかし、これらの米国情報はいずれも日付、場所などの具体性に欠けている。……タイに脱出した西側記者のなかにも、処刑を確認した者はおらず、むしろ否定的な見方をとる方が多い》
《カンボジア解放勢力がプノンペン入城後、直ちに都市住民の農村への分散をはかったことは、われわれにとって驚きであった。……このきわめて大胆で過激な措置の意図はどこにあったのか。まず第一の推測は、戦火で荒廃した農業生産の復興である》
元毎日新聞南ベトナム特派員古森義久
同じ新聞記者として、というよりも、同じ人間として、これだけの虚言の罪を指摘されても、何も答えずに平然としていられるという神経は私には理解できません。
作家井沢元彦
本多勝一氏や和田俊氏が、朝日新聞で重大なミスリードや誤報をして、国民に誤った認識を植えつけたことはどうなんだ、となります。
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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