Re: 「百人斬り競争」訴訟
投稿者: nukabosi 投稿日時: 2006/05/25 19:21 投稿番号: [4044 / 7270]
1937年、当時の中国の首都・南京へと殺到する日本軍がひきおこした南京大虐殺事件は、侵略戦争の狂気を今に伝えています。
南京へと向かう日本軍のなかに、「どちらが先に100人を日本刀で殺せるか」を競い合った「N」と「M」という二人の将校がいました。彼らの行なった殺人競争の模様を東京日日新聞(現在の毎日新聞)は「美談」として日本に伝えています。
日本の敗戦後、南京で開かれた軍事法廷で二人の将校は死刑に処せられます。侵略の戦場における狂気の象徴ともいえるこの殺人競争を現在に紹介したのが、ジャーナリストの本多勝一氏が書き、朝日新聞社が掲載したルポルタージュ『南京への道』でした。
以来、南京事件という史実を否定し、あわよくば日本の侵略という事実自体をも否定したいという勢力から、「百人斬り競争」は「まぼろし」だったという言説が繰り返し流されてきました。しかし、戦時中に「N」自身が「百人斬り競争」が実は捕虜殺害だったと出身地の小学校で話していたという証言や、当時の報道にたずさわった記者やカメラマンの証言が世に出され、少なくとも二人の将校自身が「百人斬り競争」を実行したと話していたこと自体は史実として確定しました。
事件から66年が経過した2003年になって、突然、二人の将校の遺族が本多勝一氏や朝日新聞社を「名誉毀損」だとして提訴しました。「百人斬り競争」自体が虚偽だとして、その行為をルポとして報告したことが死者に対する名誉毀損だというのです。この提訴の背後には、南京事件の史実を否定する勢力や、現自民党国会議員の弁護士などがいました。
しかし、提訴以来、史実を守ろうとする多くの良心的なジャーナリストや市民により、数多くの新資料が発掘されました。両将校の部下として虐殺行為の一部始終を見ていた望月証言を筆頭に、「百人斬り競争」が実は無抵抗の捕虜・農民に対する虐殺行為だったことが明らかとなったのです。
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これは メッセージ 4043 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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