Re: 良心と事実は両方重要
投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/02/07 21:03 投稿番号: [3547 / 7270]
>ただし、良心などは主観でどうにでもなるし、主観の数だけ良心がある。
>物事の判断基準としてはより客観的基準となりうる事実のほうが重きをなそう、程度だよ。
主観の数だけ良心がある、まさにわたしもそう思います。
判断基準として事実に重きをなそう、これも同意します。
>日朝の歴史認識でも、相手側が、意識してか、意識しないでかは別にして、
>事実そのもの・裸の事実が無視されている場合が多い)
わたしも韓国側の歴史認識や論理に都合の良い事実だけ過大評価、つごうの悪い事実は過小評価あるいは裸の事実が無視されているということが多いような気がします。
>(事実を判断するにも主観をはなれてはなし得ないから、実は「純粋な」客観的事実というのは物事の判断基準としては不適切。
>不十分な場合もあるかも。
>数多く存在する事実からある事実を選び出すということ自体に価値判断、主観がはいるわけだし。
>次に、その客観的事実をどう評価するかという点で主観がはいってくるし。
>但し、事実は無視しないようにしよう、という程度のこと。
数ある事実の中からある事実を選び出すという作業自体に主観が入ってくる。
事実認定およびその評価においても主観が入る、ただし事実は無視しないようにしよう、この点でも赤城さんとわたくしとでそれほど意見に隔たりはないと思います。
人は主観から離れ、いかなるバイアスも受けず、完全なる客観的存在にはなりえないと思っています。
そのことを認識しつつ、事実に目をそむけず、出来るだけ客観的でありたいと心がけてはいます。
できるだけ逆スタンスの意見も聞き、逆方向からも物事を考えてみようと思って居ます。
まあ、なかなかそこには至りませんが。
掲示板では敢えてあまのじゃくな意見も言わせていただいております。
ありがとうございました。
これは メッセージ 3546 (kuuboakagi00 さん)への返信です.
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