差別と区別
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2003/10/03 08:31 投稿番号: [353 / 7270]
>私のは場合、あえて言えば心の作用としてコントロールが出来れば「区別」、出来なければ「差別」
>の大雑把な分け方しているようです。
あちらでも話題に出た小樽の例で言うと,その判断に合理性が有るか
どうかが,それが差別かそうでないかの判断の分かれ目になります.
だから訴えられた側は,外国人と入浴マナーの悪さとに有意な相関が
有ることを示し,合理的な判断だから差別ではない,と主張すべきだし,
実際に,そのように主張して争いました.「経済的利益と人権とを天秤
にかけて」争うわけではないのです.差別だ,と訴えられた側が,いや,
それにより経済的利益が有るから許されるのだ,と反論した例なんて
聞いたことがありません.
>インプット→(理性)→アウトプットならば「区別」
>インプット→(感情)→アウトプットならば「差別」
前者なら「合理的判断」,後者なら「差別」ということですね.
僕も同意見です.
でも,せめてこのレベルで議論ができればまだいいのですが,それ
以前のところで噛み合ってないですからねえ.彼は感情と行為を
意図的に混同していますから,話がいよいよややこしくなります.
韓国が嫌いだ,という感情を,それは差別だ,と言いたいがために,
嫌うのは行為だ,と主張する必要があるんだろうと理解しています.
これは メッセージ 352 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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