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Re: 質問! 米

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2006/01/29 23:40 投稿番号: [3445 / 7270]
>ネバーで韓国人の書き込みの中に、1910年以前に日本に米の輸出があったと言う韓国人がいる。しかも日本の農政よりも進んだ農政が大韓帝国にあり、日本は飢饉で米不足に陥っていたとの発言。

「朝鮮半島が不毛の地だったとすることに対しては異論を挟む人が多いだろう。しかし、朝鮮半島が豊かな米産地になったのは、明治43年(1910年)の日韓併合以後のことである。それ以後、朝鮮半島での米産は驚くべき速度で進み、大正末年(1925ー6)には日本農家の米価を圧迫して、いわゆる朝鮮米問題を引き起こすほどにまで成長するのである。しかしそれはあくまでも日本側の技術資材の導入後のことであって、古来、朝鮮半島が永産地であったわけはない」

「私(武智鉄二)の父は明治38年に京都帝国大学工学部土木科を卒業すると、直ちに鉄道院に入り、技官として朝鮮に派遣された」

「父の話によると、当時の朝鮮はヒエ畑が大部分で、まれに水田があっても、水を引く用水が無いので、ひょろひょろした稲が生えていたに過ぎないという。父のもたらした京大式の最新疎水技術によって、そうした不毛の原野を用水が貫流するようになって、ようやく朝鮮半島での稲作は緒についた」

「このような父の苦労談を聞いている私にとって、歴史学者が統計がないことをいいことに、朝鮮半島を古来の大稲作地帯のようにいいなすことの危険を感じないではいられない」

「明治38-9年、朝鮮半島が日本の支配下に入った頃の当時の農業状態は、今日の想像も及ばぬものであった。水稲の品種はほとんどが長茎で、倒伏しやすく、米は赤米と土砂の混入が甚だしくこれが除去に多大の苦心を要した。水利施設は不完全で、いわゆる天水田(雨水頼りの水田)が全水田の過半を占めていたから豊凶は著しく、旱魃洪水の多いことは治山の荒廃がその因であった。比較的短期間に見違えるように品質が改良され、かつ増産されたのは官民努力の結果にほかならないが、内地市場という大きな市場があったからである」

「朝鮮産米の増殖は内地人のためで、半島人の利益を無視したごとき感情論は、事態を知らぬ誤謬から生まれたもので、その責任の一端は、統計数字の不備にもある」

「日本統治かの約30年間に米の産額は両地(台湾、朝鮮)でそれぞれ倍加した。このような例は世界の植民史中に例を見ぬ」

(武智鉄二・古来朝鮮半島は不毛の地・魏史倭人伝の空白地帯」

参考文献としては「米の歴史・永井威三郎」がいいでしょう。
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