日本軍の善行
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/20 01:47 投稿番号: [3389 / 7270]
というほどではありませんが、
韓国済州島の出身の呉善花さんは、学校で、「日本人が韓国人に対してどれだけ悪いことをしたか」教えられたそうですが、済州島民と日本軍の間にも温かい交流があったようです。
まあ、これも現在の韓国では、日帝の戦争に巻き込まれてヒドイ目に遭ったというだけの話になるんでしょうね。
海防艦「第八一号」艦長・坂元正信少佐の証言。
『
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それからもっぱら日本海、朝鮮南岸から東シナ海の哨戒にうつって、本土周辺しか行動できなくなったわけです。とくに、朝鮮南岸の哨戒ですね。
(昭和20年)5月18日に、麗水と済州島を結ぶ連絡船の燕京丸が、B24に爆撃されて、これを救援に行ったことがあるんです。
三千トンぐらいの船で、乗客はほとんど朝鮮の人なのですが二千四百人ぐらい乗っていた。燃え上がる船から、乗客がどんどん海の中に飛びこんでいるんです。そこで私は、強引に燕京丸に接舷して乗客を移乗させたんですが、六百人ほど収容すると、いっぱいになってしまいましてね。やむなく応援を頼んで引き揚げたことがありました。このことはあとで現地の人から大変、感謝されましてね。「八一号」が済州島に寄ると、盛んに歓迎されたものでした。
それから現地の漁師のために、漁船を援護するということもやりましたよ。私の艦が哨戒していると、周りに五〜六百隻の漁船が集まってきて漁をするんです。彼らにとっては、たのもしい味方だったんですね。』
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佐藤和正著「艦長たちの太平洋戦争」より抜粋
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これは メッセージ 3388 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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