Re: >Re: ・・・・・
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/12/20 00:22 投稿番号: [3209 / 7270]
>朝鮮半島編はヨ・ウンヒョン(呂運亨)という人物を中心に描かれていました。
この時代の朝鮮半島史は、何度読んでもすんなりと理解できません。
色々な視点や立場から多角的に眺めると、ますます混乱します。
以下のサイトは、いささか偏りがありますが(失笑)、呂運亨を次のように紹介しています。
http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ai369/kouen.html
>>特にこの呂運亨という人が注目されるのは、日本の敗戦の1年前、1944年8月の時点で日本の敗戦を予測し、そして日本が戦争に負ければ、朝鮮は独立することになるわけだから、独立国家の建設を準備するための秘密組織を、戦時体制の下で結成したことです。彼は同志を集めて1944年8月に、朝鮮建国同盟という組織をつくっております。
>>日本の敗戦により、朝鮮を統治していた朝鮮総督府が、もはや自分の力では朝鮮を統治することができない、いままで植民地統治によってさまざまな苦痛を与えてきたわけですから、朝鮮の人々が日本人に対して復讐を企てるかもしれない、危害を加えるかもしれない、少なくともこれを何とか防ぐために、朝鮮の人たちに信望の厚い人物に朝鮮の治安を委ねることを考えます。そこで選ばれた朝鮮人のリーダーが、呂運亨であったわけです。
>>日本側は単に治安維持だけを考えていたわけですけれども、かねてより日本の敗戦を予測し、新しい国づくりのために準備していた呂運亨は、それ以上にさまざまな要求を朝鮮総督府に出し、これを認めさせることになります。つまり建国準備委員会という組織は、治安維持だけではなく、事実上、朝鮮の行政を担う朝鮮人の自治的な機関という役割をもつことになりました。そして注目されるのは、この呂運亨という人は、朝鮮の民族解放運動、独立運動の中にもいろいろな考え方があり、お互いの関係が必ずしも円滑であったとは言えなかったのですが、祖国の独立という事態に直面して、できるだけ幅広い政治勢力を結集して新しい国づくりをしていこう、そのために建国準備委員会を一つの統一戦線体にしていこうという方針のも
とに、活動を始めたということす。
(サイト引用、ここまで)
しかし、9月9日、第24軍司令官ジョン・ホッジ中将が米駐留軍司令官として着任。翌日、ホッジと安部朝鮮総督と会見。安部総督を米軍統制下における朝鮮政府暫定主席に指名。ホッジは「現行政府(総督府)の機構を通じて」統治すると声明。記者会見では「ほかに適当な機関がないので、やむを得ず総督府とその日本人を利用する」と述べる。
もっとも、のちのアメリカの公開文書によれば、軍政部は日本総督府と日本人官僚を留任させようとしたが、アメリカ本国の軍・政幹部の一致した反対により挫折。その後の数ヵ月で7万5千人の朝鮮人が政府職員として採用されるが、その資質・能力は絶望的に低かった。と記録されていますね。
その後の混乱は、説明不能。(笑)
この時代の朝鮮半島史は、何度読んでもすんなりと理解できません。
色々な視点や立場から多角的に眺めると、ますます混乱します。
以下のサイトは、いささか偏りがありますが(失笑)、呂運亨を次のように紹介しています。
http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ai369/kouen.html
>>特にこの呂運亨という人が注目されるのは、日本の敗戦の1年前、1944年8月の時点で日本の敗戦を予測し、そして日本が戦争に負ければ、朝鮮は独立することになるわけだから、独立国家の建設を準備するための秘密組織を、戦時体制の下で結成したことです。彼は同志を集めて1944年8月に、朝鮮建国同盟という組織をつくっております。
>>日本の敗戦により、朝鮮を統治していた朝鮮総督府が、もはや自分の力では朝鮮を統治することができない、いままで植民地統治によってさまざまな苦痛を与えてきたわけですから、朝鮮の人々が日本人に対して復讐を企てるかもしれない、危害を加えるかもしれない、少なくともこれを何とか防ぐために、朝鮮の人たちに信望の厚い人物に朝鮮の治安を委ねることを考えます。そこで選ばれた朝鮮人のリーダーが、呂運亨であったわけです。
>>日本側は単に治安維持だけを考えていたわけですけれども、かねてより日本の敗戦を予測し、新しい国づくりのために準備していた呂運亨は、それ以上にさまざまな要求を朝鮮総督府に出し、これを認めさせることになります。つまり建国準備委員会という組織は、治安維持だけではなく、事実上、朝鮮の行政を担う朝鮮人の自治的な機関という役割をもつことになりました。そして注目されるのは、この呂運亨という人は、朝鮮の民族解放運動、独立運動の中にもいろいろな考え方があり、お互いの関係が必ずしも円滑であったとは言えなかったのですが、祖国の独立という事態に直面して、できるだけ幅広い政治勢力を結集して新しい国づくりをしていこう、そのために建国準備委員会を一つの統一戦線体にしていこうという方針のも
とに、活動を始めたということす。
(サイト引用、ここまで)
しかし、9月9日、第24軍司令官ジョン・ホッジ中将が米駐留軍司令官として着任。翌日、ホッジと安部朝鮮総督と会見。安部総督を米軍統制下における朝鮮政府暫定主席に指名。ホッジは「現行政府(総督府)の機構を通じて」統治すると声明。記者会見では「ほかに適当な機関がないので、やむを得ず総督府とその日本人を利用する」と述べる。
もっとも、のちのアメリカの公開文書によれば、軍政部は日本総督府と日本人官僚を留任させようとしたが、アメリカ本国の軍・政幹部の一致した反対により挫折。その後の数ヵ月で7万5千人の朝鮮人が政府職員として採用されるが、その資質・能力は絶望的に低かった。と記録されていますね。
その後の混乱は、説明不能。(笑)
これは メッセージ 3206 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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