Re: >善悪抜きのクールな解説①
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/15 00:40 投稿番号: [3194 / 7270]
>果たして、毛沢東思想によって、「中華思想」そのものは打破されたのでしょうか。
漢民族の毛王朝の登場という風には考えられないのでしょうか。
今の支那社会を見れば、結果的に「中華思想」は打破できなかったと考えております。
支那社会の持つ復元力とでもいいましょうか、いかなる改革や「革命(易姓革命ではなくレボリューションのほう)」も、「変化」を好まない彼らの手によっていつのまにか骨抜きにされていった、とおもっております。
ついでながらいいますと、毛沢東の文革の発動には、革命の成果がなし崩しにされていくことに対する危機感があったのでしょう(それが主因とは思わないですけど)。その毛さえ結局は「毛王朝の皇帝」となってしまいましたが。
>>支那の場合、支配者と民衆社会の分離があります。
>これは現在も継続中ではないでしょうか。
共産党一党独裁で民主主義でないから、そう見えてしまうのか、全く違うシステムなのか。
はい、継続中だと考えます。
「儒教国家」の正体が、儒教を奉じるのは皇帝と士大夫層だけ、その他大勢は関係なし、であったの同様に、「共産主義国家」の正体は、共産主義を奉じるのは党員だけ、その他大勢は関係なし、といった感じだと思います。
いくら名称や看板を儒教もしくは共産主義らしいものにしたところで、本質はそうそうかわらないものでしょうね。
>韓国の場合でも民主主義といいながら、結局は任期限定の王朝を築いているだけと考えると自分ながら妙に納得してしまうのです。(笑)
「易姓革命」とか、官によるピンはねとか、中華文明そのままのようですし。
たしか、90年代前半には、大統領の顔を「龍顔」という側近がいたり、大統領の怒りを「震怒」とマスコミに書かせたりしたそうです(「海外事情」1991年4月号の田中明氏の寄稿)。
なお、韓国において「龍」の字の右下部の横棒は3本ではなく2本です。龍の絵を描く際も爪を一本減らすのと同じく、宗主国様の手前、一画を欠いているということです。
これは メッセージ 3193 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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