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Re: >仏軍との戦い

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2005/11/03 12:54 投稿番号: [3071 / 7270]
東亜さん、ご指摘ありがとうございます。

>江華島というのは、海から見れば前線基地ですが、北方から見れば避難所に相当するんですよ。

なるほど。
元や清の攻撃を受けたとき、江華島に篭るというのはそういう意味だったんですね。

>そう考えると、戦闘期間の割には、守備側より不利なはずの攻撃側の損害が多くないと思われることや(力攻めは拙劣ですし)、戦闘自体が多くなかったのではないかということ、王室財産が略奪されたというのも一応納得はいくような気がします。

同意です。
艦隊の炸裂弾を打ち込まれ、近代式ライフル銃の猛射を浴びれば、府城から脱兎のごとく逃げ出して当然かも知れませんね。
でも、そうすると、仏軍の被害が大きすぎるように思います。
やはり近接戦になると、武器の優劣が小さくなるため仏軍にもそれなりの損害があったということか、朝鮮側の記録が過大なのか。
いま少し分かりませんね。

というところで、兎亀さんから、仏軍の被害は、「戦死」ではなく、「死者」だから、「戦病死」も含まれるのではないかという推理。
これは、充分に考えられますね。

>>人々は小井戸あるいは溜め水を用いるのみで、本年のように旱天の時にもなお手を拱いて、ただ渇水を憂えるだけで、自ら労力して水を得る方法をする者が無い。

>>帰国する頃には、京城に行った者は半数が病人である。

別の意味ですごいですねえ。面白い資料ありがとうございます。

参考に、1864年四カ国艦隊の攻撃を受けた長州藩の二日間の戦い。
四カ国連合軍の戦略目的は、下関砲台の破壊に尽きるので、比較にはなりませんが。
一日目、午後3時40分頃、17隻の艦隊の片舷100門の砲撃開始。長州軍応戦。薄暮一部陸戦隊が上陸し、長州軍70門の大砲を破壊。長州軍戦死2名。
二日目、イギリス軍陸戦隊800、海兵・軽歩兵1200、フランス軍海兵・水兵・陸戦隊350、オランダ軍200、アメリカ軍海兵隊50、計2600の兵員が上陸。
対する長州軍の主力は奇兵隊など600(他に藩兵1400余がいたが、戦死傷者ゼロからみて、戦闘には参加していない)。
連合軍の大半は戦利品の長州藩の大砲の運び出し作業に当たっていたが(その辺りの住民が協力しているのはノドカです)、引き揚げを守るため連合軍の一部が街道を侵攻。それを長州軍が迎え撃って戦闘となる。
地上戦はこの戦いだけです。
諸隊のうち、奇兵隊の戦いぶりは、「街上の戦闘は尤も烈しく、彼小銃の弾丸地上に撃し砂烟を揚ぐ、真に驟雨の劇に至るが如し」
「山県少(ママ)輔は機を見て突撃し、肉弾戦を決行しようとし、槍隊を促して敵中に乱入せしめた。隊長林半七は既に重創を被り、爾余の槍兵も亦負傷して用いる能はず、遂に総督赤根武人は命じて火を陣屋に放たしめ、戦の未だ酣(たけなわ)なる時、隊兵を率いて清水越に退いた」
(英軍ジョン・T・カマフォードの日記)「我が軍の2人の兵士が矢でやられるのを見た。一人は胸を突き刺されて矢は背中から突き出ていた。敵の兵舎に近づいたとき、鎧その他の武具を見つけた。鎖の鎧は見事に出来ていて恐らく彼らのマスケット銃に対しては安全であったろうが、我々のライフル銃からの円錐型弾に対してはあまり役に立たなかった」
二日間の損害合計。長州軍戦死13、負傷27。英軍戦死8、負傷51、仏軍戦死4、負傷5というものです。
長州軍70門余りの青銅製大砲も数時間の艦砲射撃で破壊され、持ち去られたことから、完敗です。
しかし地上戦では、損害からみると、武器の優劣を越えて、やる気さえあれば互角の戦い方ができるように思います。
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