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>仏軍との戦い

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/11/03 02:06 投稿番号: [3069 / 7270]
>やっと戦いの概要が分かりましたね。(笑)

  これで「歴史ドラマ」にリアリティーが・・・くらいでしょうか?

>戦死者の数倍の戦傷者を入れると、〜

>激しい戦いの描写があってしかるべきかと思いますが、

>記録では数回の激闘程度ですね。これは不思議です。

  う〜ん・・・

  少ない戦闘回数の割りに多数の被害が出る可能性となると(あくまで「可能性」ですけど   )

  「水あたり」「食あたり」ですかね・・・(仏側の軍医の記録でもあればかなり有力かも)

  ただ戦闘の時期が10月〜11月だしなぁ、夏場なら可能性大なんですが。
  (「気候、風土」も「戦力」の内〜ますます苦しい!。ま、「防衛力」一種にはなったかな)

  ↓「宮本小一外務大丞、朝鮮国京城に行く」より「井戸、泉水について」   「気候と風土病」

http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi020.html

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井戸、泉水について

  浅間艦が仁川府所轄の済物浦で給水を求めたが、干天のため水が乏しかった。こちらの水夫らが朝鮮人と共に井戸を掘ると、4尺(1.2メートル)あまりで清水が噴出した。

  人々は小井戸あるいは溜め水を用いるのみで、本年のように旱天の時にもなお手を拱いて、ただ渇水を憂えるだけで、自ら労力して水を得る方法をする者が無い。かえって日本人によって良井戸を設けられるのは憫笑するところである。
  全体に井戸、泉水が乏しい。井戸の深さも3、4尺に過ぎず、汚濁不潔を嫌わない風俗であるから、枯れなければそれでこと足れりとするようだ。
  水兵達は淡水を求めるのに大変な苦労をした。山に入って鉱山を拓くかの如く各所で井戸を掘り泉水を求めていた。
  〜略〜
気候と風土病

  一日の温度差が激しく、20度ぐらい差がある。(8月のころ)
  日本人に病人が多くなってきた。これは気候が不順なことと食料の粗末なことに原因があると思う。

  帰国する頃には、京城に行った者は半数が病人である。重症の下痢の者が多い。中の一人(金子鉄蔵)が医官の治療の甲斐なく死亡した。(高熱を発して吐瀉を繰り返し心停止に至る。病状については「宮本大丞朝鮮理事始末 十/4 慶応4年3月から明治9年9月p23」に詳しい。赤痢の症状に似る。氷水の飲食が原因とも考えられる。また、奥 義制 書記官が重体となり、帰国後長崎の病院に入院して一命をとりとめている。)
  この病は一種の風土病でかつて台湾で流行したものと同じ種類であろう。また朝鮮は悪性の熱病も多いという。
  浅間艦に居た者も下痢や脚気になった者が多い。
  今後、朝鮮国に人を派遣する場合は、予防法に注意すべきを要す。
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  先の投稿の「虎狩猟師」ですが、当時の猟は「落とし穴」を使うものだったそうで、

  これだと強弓は使うかと思いますが、接近の技術とか速射などはどうなのかなと・・
(戦力として「強力」かはちょっと「?」印になりました。ショボーン)

 
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