やはり水戸学なのかなあ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/09/12 14:23 投稿番号: [302 / 7270]
>戊辰の役の時の明治帝の扱いをみるとその当時はそれほど大事にはされなかったような・・・
しかし、明治帝も「玉(ぎょく)」と呼ばれて、幕府と薩長の奪い合いになったのですからね。
幕末には、幕府も討幕派も、やたらと「皇国」という言葉を使い、どちらも非常に勤皇的でしたよね。
「日本で王土たらざるはなく、日本人民で赤子たらざるはなく」という言葉がよく使われました。
遠くは、室町将軍足利氏も、自分の権力基盤が揺らぐと、「錦の御旗」を奏請して下賜され、反対派の討伐を実施したりしましたしね。
>「君が代」「日の丸」なんて言うと、左の方から石が飛んできそうですがやっぱり、
千代に八千代になんですかね。
欲しいものは全て手にしていた徳川将軍だって、就任の際には、「権大納言源朝臣○○ 勅件人選為征夷大将軍者」と書かれた詔書が手許に届いてから、初めて将軍を名乗れたのですしね。
これは大きい事です。
元号だって、幕府が「奏請」して決めていたとは言え、天皇の名において制定されていましたからね。
これは メッセージ 300 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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