>天心のことでしょう
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/09/05 02:51 投稿番号: [2816 / 7270]
grosser770さん、はじめまして、
>ただ,大正2年に没しておりますので,
>溥儀をいただく満洲とは無縁のはずなのですが
>>「日本が満洲の戦闘場で大規模の虐殺行為をほしいままにして以来、
>>西洋人たちは日本を文明国と呼ぶ」と説破した〜
たぶん、日露戦争のことかと・・・
それにしても天心が「覇権的熱望に捕われた人物」ととらえているのは「???」な感じです。
政治的に利用された面も確かにありましたが、没後に著作の引用によってなされたものと思われます。
↓このサイトに岡倉天心の年譜がありますが、セントルイス万博の講演での発言かもしれません(当てずっぽうです)
http://www.linkclub.or.jp/~flmbwys/tensin/episode_set.html
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セントルイス万国博覧会で講演す、1904(明治37年)9月、41才
セントルイス万国博覧会の学術会議でModern Problem in Painting(絵画における近代の問題)と題し、いつものとおり紋付き羽織袴の和装で講演。当初予定していたルーブル美術館館長が都合悪くなり、主催者側による再三の要請を天心は断りきれず実現したのである。天心の講演は超満員の聴衆に深い感動を与え、すぐさまフランスとドイツの新聞に訳文が紹介され、それぞれ300ドルの掲載料が支払われた。ちなみに、このときの講演料は500ドルであったという。この講演の内容は、2年後の茶の本を生むものであり、西洋による地球規模での近代化に対する批判の目を更に越して、人間の文明が持つのがれようのない魔性に気がついた天心の哀しみがある。「茶の本」の底で天心が見つめているもの、それを知る手がかりとなることがこの講演で懸命にそして賢明に語られている。
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>「茶の本」の底で天心が見つめているもの
↓「茶の本」第一章に「満州」の文字がありました。
(覇権的熱望に捕われた人物がこんなこと書くかしらん?)
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〜略〜
自分の心の中では大きなことが、本当は大したことではないことに気がつかないと、他人の小さなことの大きさを見逃してしまいがちです。一般の西洋人は茶の湯を見て、東洋のおかしな風習の一つにすぎないと軽くみています。彼らは日本人が平和的な芸術にふけっているときは野蛮国と見なしていましたが、満州戦線で大殺戮を始めると、文明国と呼ぶようになりました。
最近、武士道(兵士が自分を犠牲にしても戦う死の術)については盛んに話題になりますが、茶道は、それがまぎれもなく生の術であるにもかかわらず殆ど注目されません。もしおぞましい戦争の栄光が文明国の資格であるなら、我々は野蛮人のままで結構です。芸術や理想に当然の尊敬が払われるようになるまで待ちましょう。
西洋はいつになったら東洋を理解するでしょうか、いや理解しようという気がおきるでしょうか。我々アジア人は、事実と想像をミックスした自分達についての奇妙な話を聞かされてびっくりすることがよくあります。鼠やゴキブリを常食しているとまで言わなくても、蓮の匂いをかいで生きていると思われています。馬鹿の一つ憶えというか、下司の勘ぐりというか。インドの霊性を無知と言い、中国の生真面目さを愚鈍と言い、日本人の愛国心を宿命論の産物と言って馬鹿にしています。我々は、神経組織が鈍いため痛みや傷を感じ難いなどと言われてきました。
我々をコケにしてせいぜい楽しんでください。おかえしはしています。あなた方について我々が想像したり書いたりしたことの方が、それこそ笑いのネタになります。遥か彼方に見えるものはなんとも魅力的に見え、不思議なことは知らず知らずのうちに崇めたてまつり、新しいものや判断のつかないものには敵意を抱きます。
あなた方は、我々が羨んでも及ばないほどとても立派なことをしてきたし、とがめる気持ちが失せるほどに派手な罪も犯してきています。〜後略〜
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>ただ,大正2年に没しておりますので,
>溥儀をいただく満洲とは無縁のはずなのですが
>>「日本が満洲の戦闘場で大規模の虐殺行為をほしいままにして以来、
>>西洋人たちは日本を文明国と呼ぶ」と説破した〜
たぶん、日露戦争のことかと・・・
それにしても天心が「覇権的熱望に捕われた人物」ととらえているのは「???」な感じです。
政治的に利用された面も確かにありましたが、没後に著作の引用によってなされたものと思われます。
↓このサイトに岡倉天心の年譜がありますが、セントルイス万博の講演での発言かもしれません(当てずっぽうです)
http://www.linkclub.or.jp/~flmbwys/tensin/episode_set.html
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セントルイス万国博覧会で講演す、1904(明治37年)9月、41才
セントルイス万国博覧会の学術会議でModern Problem in Painting(絵画における近代の問題)と題し、いつものとおり紋付き羽織袴の和装で講演。当初予定していたルーブル美術館館長が都合悪くなり、主催者側による再三の要請を天心は断りきれず実現したのである。天心の講演は超満員の聴衆に深い感動を与え、すぐさまフランスとドイツの新聞に訳文が紹介され、それぞれ300ドルの掲載料が支払われた。ちなみに、このときの講演料は500ドルであったという。この講演の内容は、2年後の茶の本を生むものであり、西洋による地球規模での近代化に対する批判の目を更に越して、人間の文明が持つのがれようのない魔性に気がついた天心の哀しみがある。「茶の本」の底で天心が見つめているもの、それを知る手がかりとなることがこの講演で懸命にそして賢明に語られている。
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>「茶の本」の底で天心が見つめているもの
↓「茶の本」第一章に「満州」の文字がありました。
(覇権的熱望に捕われた人物がこんなこと書くかしらん?)
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〜略〜
自分の心の中では大きなことが、本当は大したことではないことに気がつかないと、他人の小さなことの大きさを見逃してしまいがちです。一般の西洋人は茶の湯を見て、東洋のおかしな風習の一つにすぎないと軽くみています。彼らは日本人が平和的な芸術にふけっているときは野蛮国と見なしていましたが、満州戦線で大殺戮を始めると、文明国と呼ぶようになりました。
最近、武士道(兵士が自分を犠牲にしても戦う死の術)については盛んに話題になりますが、茶道は、それがまぎれもなく生の術であるにもかかわらず殆ど注目されません。もしおぞましい戦争の栄光が文明国の資格であるなら、我々は野蛮人のままで結構です。芸術や理想に当然の尊敬が払われるようになるまで待ちましょう。
西洋はいつになったら東洋を理解するでしょうか、いや理解しようという気がおきるでしょうか。我々アジア人は、事実と想像をミックスした自分達についての奇妙な話を聞かされてびっくりすることがよくあります。鼠やゴキブリを常食しているとまで言わなくても、蓮の匂いをかいで生きていると思われています。馬鹿の一つ憶えというか、下司の勘ぐりというか。インドの霊性を無知と言い、中国の生真面目さを愚鈍と言い、日本人の愛国心を宿命論の産物と言って馬鹿にしています。我々は、神経組織が鈍いため痛みや傷を感じ難いなどと言われてきました。
我々をコケにしてせいぜい楽しんでください。おかえしはしています。あなた方について我々が想像したり書いたりしたことの方が、それこそ笑いのネタになります。遥か彼方に見えるものはなんとも魅力的に見え、不思議なことは知らず知らずのうちに崇めたてまつり、新しいものや判断のつかないものには敵意を抱きます。
あなた方は、我々が羨んでも及ばないほどとても立派なことをしてきたし、とがめる気持ちが失せるほどに派手な罪も犯してきています。〜後略〜
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これは メッセージ 2815 (grosser770 さん)への返信です.
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