>>「敬意」
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2005/08/21 06:15 投稿番号: [2688 / 7270]
>「賠償金じゃないぜ。共産圏との間にある国が極貧国だと日本が
危ないから、援助して豊かな国にしてやったのさ。北朝鮮と対峙
させるのが目的でね。狙い通り、今に至るまでキミたちには38°線
の防衛任務を果たせて貰えて、心から感謝してるぜ(嘲笑)」
少し考えたんですが、これは自虐でなくて、偽悪ですかね(笑
自虐とは何ぞやになりますが、例えば自らの国の歴史を貶めるということがありますよね。これは、歴史の陰の部分しかみないで、そこばかりを強調するということでもありますが。
こんなことをするにはそれなりの動機付けがあるはずです。それは人それぞれで違うかもしれませんが、いずれにしても天に唾を吐く行為でしょう。
まあ、大方は、なんらかの目的や意図をもった連中の、自省にみせかけた自虐のような気がしますのが。
さて、実は今年初めて、靖国神社の本殿参拝をしました。私が靖国参拝を自主的に始めて十年になりますが、その節目にと思ってのことです。
やりは本殿を目の当たりにしたときに、ピリッと引き締まるものを感じました。それで本殿に上がり、そのピリッとした感じは最高潮になるのですが、そのときに湧き出てくる気持ちの中には、敬意や感謝、追悼、哀惜などの諸々の思いが複雑に絡み合っていたように思います。最後にはそれが渾然一体となってしまって、どの気持ちが一番強かったかはよく分かりません。
それで、そもそも論になりますが、そのときの思いからすると、自らの国の歴史を貶める心持がありながら、何かに敬意を払うといったようなことが、可能なのかということです。
まあ、追従、阿り、媚、なんてことはあるのかもしれませんが、自虐から生まれてくる敬意や感謝って何なのかということです。もっと言えば、自虐から生まれてくるある種の思いを、敬意などとしていいのか、と言った方が適切かもしれません。
それで、この件に関しては、例えば、韓国に行って、国立墓地に追悼に行ったとします。
そこで、自然と湧き出てくる気持ちの中に、何かに対しての敬意や感謝の念があればそれはそれでよし、ということに個人的にはしておきたいと思います。もっとも、敬意などをはなからスポイルしているなら、わざわざ追悼には行かないとは思いますが。
余談ですが、詳細を重ねて、自由な心証を形成するというのが、私の持論ですが、詳細を重ねれば重ねるほど、歴史の複雑さに打ちのめされて迷いが大きくなってきました。むしろ今より詳細を知らなかった頃の方が、迷いがなくて楽だったように思いますが、これはそれなりに少しは成長している証として自らを慰めてもいいんでしょうか。まあ、自虐より自慰の方が気持がいいからといって、慰め過ぎはいけませんが(笑
危ないから、援助して豊かな国にしてやったのさ。北朝鮮と対峙
させるのが目的でね。狙い通り、今に至るまでキミたちには38°線
の防衛任務を果たせて貰えて、心から感謝してるぜ(嘲笑)」
少し考えたんですが、これは自虐でなくて、偽悪ですかね(笑
自虐とは何ぞやになりますが、例えば自らの国の歴史を貶めるということがありますよね。これは、歴史の陰の部分しかみないで、そこばかりを強調するということでもありますが。
こんなことをするにはそれなりの動機付けがあるはずです。それは人それぞれで違うかもしれませんが、いずれにしても天に唾を吐く行為でしょう。
まあ、大方は、なんらかの目的や意図をもった連中の、自省にみせかけた自虐のような気がしますのが。
さて、実は今年初めて、靖国神社の本殿参拝をしました。私が靖国参拝を自主的に始めて十年になりますが、その節目にと思ってのことです。
やりは本殿を目の当たりにしたときに、ピリッと引き締まるものを感じました。それで本殿に上がり、そのピリッとした感じは最高潮になるのですが、そのときに湧き出てくる気持ちの中には、敬意や感謝、追悼、哀惜などの諸々の思いが複雑に絡み合っていたように思います。最後にはそれが渾然一体となってしまって、どの気持ちが一番強かったかはよく分かりません。
それで、そもそも論になりますが、そのときの思いからすると、自らの国の歴史を貶める心持がありながら、何かに敬意を払うといったようなことが、可能なのかということです。
まあ、追従、阿り、媚、なんてことはあるのかもしれませんが、自虐から生まれてくる敬意や感謝って何なのかということです。もっと言えば、自虐から生まれてくるある種の思いを、敬意などとしていいのか、と言った方が適切かもしれません。
それで、この件に関しては、例えば、韓国に行って、国立墓地に追悼に行ったとします。
そこで、自然と湧き出てくる気持ちの中に、何かに対しての敬意や感謝の念があればそれはそれでよし、ということに個人的にはしておきたいと思います。もっとも、敬意などをはなからスポイルしているなら、わざわざ追悼には行かないとは思いますが。
余談ですが、詳細を重ねて、自由な心証を形成するというのが、私の持論ですが、詳細を重ねれば重ねるほど、歴史の複雑さに打ちのめされて迷いが大きくなってきました。むしろ今より詳細を知らなかった頃の方が、迷いがなくて楽だったように思いますが、これはそれなりに少しは成長している証として自らを慰めてもいいんでしょうか。まあ、自虐より自慰の方が気持がいいからといって、慰め過ぎはいけませんが(笑
これは メッセージ 2666 (yusura_sdhk さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/2688.html