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「 親日派特集 その1 」

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/07/21 04:11 投稿番号: [2548 / 7270]

http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=110      
    
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人生の明暗   親日派特集   その1   李光珠(イ・グァンス)
2005-06-01

昨日のニュースでもご紹介しましたが、31日、過去の親日行為についての真相究明を行う「親日反民族行為真相究明委員会」がスタートしました。一体、韓国で問題にしている過去の親日行為とはなんでしょう。マルコメの歴史おもしろ講談、今月は親日派と呼ばれる人々の人生を振り返りながら、その人生の明暗をご紹介します。

今日ご紹介するのは、韓国の近代文学の父ともいえる、小説家   春園   李光珠です。
1892年平安北道定州に生まれた 李光珠の人生は当時の社会状況を反映し一生を通じ反日と親日を繰り返します。

幼くして両親をコレラでなくした 李光珠は代表的な親日団体   一進会の支援で日本の明治学院中高校部に進学します。

卒業後、帰国、故国の高校で教鞭をとりますが、その後また、日本にわたり早稲田大学哲学科に入学、早稲田在学中の1917年に発表した「無情」は韓国文学史上初の近代長編小説でした。

祖国で3.1独立運動が起きると、彼は上海に亡命し、上海臨時政府に参加。臨時政府の機関紙「独立新聞」の編集を行ないます。

1921年に帰国すると、東亜日報編集局長、朝鮮日報副社長を歴任するとともに、「再生」「土」などの小説を発表します。

彼の小説は恋愛小説から、長編歴史小説までそのジャンルも、そして数も非常に多く、大衆的な人気と、文学界からの評価の両方をその手にしていました。

そして1937年、彼は独立運動団体との関連で投獄されます。病気を理由に半年後に釈放されますが、その後の人生で彼は親日派と呼ばれるようになります。



    夫人   あなた、何を書いてらっしゃるの?
       今度はどんな小説ですの
       初恋の人とそっくりの男性と再会するなんて
       いうのは、どう?

    春園   それも、なかなかいいなあ
       次はそれにしよう
       題名は「冬のソナタ」   決まりだな
       でも今書いているのは違う

    夫人   小説でないなら   随筆?

    春園   そうではない   お国のために戦地に赴く
       学徒出陣の勧誘の文章だよ
   
    夫人   創始改名で名前も香山光郎と代え
       今度は学徒勧誘の文章ですか

    春園   そうだ   聞いておくれ
私は天皇陛下の子であるという考えを常にわすれず
この聖業完遂に邁進する者であるからして、
子々孫々の栄誉を得るであろう
 

    
李光珠は終戦・独立後、親日派として社会の激しい糾弾を受けます。そして迎えた1950年の韓国戦争の際に北に拉致され、そこで死を迎える事になりました。

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