臨時政府
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/07/21 03:57 投稿番号: [2547 / 7270]
>〜申し訳ございません
こちらこそ、自分でしらべもせず、きいてばかりで申しわけないです。
で、いかんなあとウロウロしましたら、犬も歩けばなんとやら・・・
KBS WORLD Radio のペ―ジにおもしろいコ−ナ−がありました。
上海臨時政府と金九
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=103
______________________________________
2005-04-13
今日は臨時政府樹立記念日です。大韓民国臨時政府は1919年の4月13日に中国の上海で誕生します。
これは同じ年の3月1日に起きた3.1独立運動が契機となり、組織的に独立運動を行っていこうという趣旨で、それまで独自に活動を続けていた人々が1つになったものです。
上海臨時政府の主な活動としては、独立運動のための本国の組織との連絡係りの役割、 独立運動の資金準備、独立新聞の発行などを通じ、国内外の人々に韓国の独立を訴えました。
また後半では光復軍を組織し、武力闘争も展開していきます。
臨時政府は 中心リーダーの変化とともに、その体制も最初の大統領制から国務領制、国務委員会制、主席制、そして主席・副主席制というように、変わっていきます。
そして、その場所も、最初の上海からその後、杭州→ 江→長沙→廣州→ 州→ をへて、1940年重慶に落ち着くまで何度も転々とします上海臨時政府の跡は今でも上海に残っており、韓国人観光客が上海を訪れると必ず訪れる観光名所となっています。
来週からはこの臨時政府の主要メンバーたちをご紹介していきたいと思いますが、今日は臨時政府後半期のリーダー金九の逸話を1つご紹介します。
第2次世界大戦も最終段階に突入していた1945年5月、金九が組織した独立軍である光復軍はアメリカの情報機関OSSで、特殊訓練を受けていました。
これは特殊訓練後、韓国に侵入し地下工作を展開、アメリカ軍の上陸時とともに、日本軍と戦うという作戦でした。
しかし作戦開始前、その年の8月に日本は無条件降伏の白旗を揚げ、韓国は独立することになりました
部下 先生、金九先生
日本が降伏し、ついに韓国が独立しました
独立バンザーイ
金九 何だと、日本が降伏してしまっただと!
何と言うことだ まずい、まずいぞ それは
部下 先生 なぜまずいんですか
皆 大喜びしてますよ
金九 これまでの苦労が
アメリカのOSSの秘密基地でまるで「シルミ島」のような
地獄の訓練を受けてきたんだ
やっと銃弾もアメリカから手にいれ、
我々の手で祖国を取り替えそうと思ったのに
部下 でもいいじゃないですか
重たい銃も持たなくてもいいし
お尻に痔のできる馬に乗らなくてもいいし
早く荷物をまとめて帰りましょうよ
金九 そうじゃない、そうじゃないんだ
自らの手で何もしない前に戦争が終わってしまうと
与えられた独立では
私たちの発言権が、発言権が無くなるのだ
この金九の心配どおり、祖国韓国はその後、南北分断の道を歩むことになります。
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いつもながらのコピーで・・・まことにm(_ _)mです。
こちらこそ、自分でしらべもせず、きいてばかりで申しわけないです。
で、いかんなあとウロウロしましたら、犬も歩けばなんとやら・・・
KBS WORLD Radio のペ―ジにおもしろいコ−ナ−がありました。
上海臨時政府と金九
http://world.kbs.co.kr/japanese/korea/korea_rainhistory_detail.htm?No=103
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2005-04-13
今日は臨時政府樹立記念日です。大韓民国臨時政府は1919年の4月13日に中国の上海で誕生します。
これは同じ年の3月1日に起きた3.1独立運動が契機となり、組織的に独立運動を行っていこうという趣旨で、それまで独自に活動を続けていた人々が1つになったものです。
上海臨時政府の主な活動としては、独立運動のための本国の組織との連絡係りの役割、 独立運動の資金準備、独立新聞の発行などを通じ、国内外の人々に韓国の独立を訴えました。
また後半では光復軍を組織し、武力闘争も展開していきます。
臨時政府は 中心リーダーの変化とともに、その体制も最初の大統領制から国務領制、国務委員会制、主席制、そして主席・副主席制というように、変わっていきます。
そして、その場所も、最初の上海からその後、杭州→ 江→長沙→廣州→ 州→ をへて、1940年重慶に落ち着くまで何度も転々とします上海臨時政府の跡は今でも上海に残っており、韓国人観光客が上海を訪れると必ず訪れる観光名所となっています。
来週からはこの臨時政府の主要メンバーたちをご紹介していきたいと思いますが、今日は臨時政府後半期のリーダー金九の逸話を1つご紹介します。
第2次世界大戦も最終段階に突入していた1945年5月、金九が組織した独立軍である光復軍はアメリカの情報機関OSSで、特殊訓練を受けていました。
これは特殊訓練後、韓国に侵入し地下工作を展開、アメリカ軍の上陸時とともに、日本軍と戦うという作戦でした。
しかし作戦開始前、その年の8月に日本は無条件降伏の白旗を揚げ、韓国は独立することになりました
部下 先生、金九先生
日本が降伏し、ついに韓国が独立しました
独立バンザーイ
金九 何だと、日本が降伏してしまっただと!
何と言うことだ まずい、まずいぞ それは
部下 先生 なぜまずいんですか
皆 大喜びしてますよ
金九 これまでの苦労が
アメリカのOSSの秘密基地でまるで「シルミ島」のような
地獄の訓練を受けてきたんだ
やっと銃弾もアメリカから手にいれ、
我々の手で祖国を取り替えそうと思ったのに
部下 でもいいじゃないですか
重たい銃も持たなくてもいいし
お尻に痔のできる馬に乗らなくてもいいし
早く荷物をまとめて帰りましょうよ
金九 そうじゃない、そうじゃないんだ
自らの手で何もしない前に戦争が終わってしまうと
与えられた独立では
私たちの発言権が、発言権が無くなるのだ
この金九の心配どおり、祖国韓国はその後、南北分断の道を歩むことになります。
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いつもながらのコピーで・・・まことにm(_ _)mです。
これは メッセージ 2546 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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