カテずれですが(サイゴン陥落30年)
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/05/11 04:01 投稿番号: [2350 / 7270]
先月末のBSより
グエン・カオ・キ元副大統領談
「南にとって問題だったのは、常に、ビッグブラザーであるアメリカがいたという事です。私達の前後左右、どちらを見ても、何をするにもアメリカがそばにいてくれたのです。
スモールブラザーの我々になにか問題があると、いつも、どんな面倒もみてくれていた。
そのために、我々は怠け癖がついて、いつのまにか頼りすぎるようになっていたのです」
(わが地方も開発局にどっぷり浸かってた土地柄だし、怠け癖がついてるかも・・他人事じゃないよなぁ)
もうひとつサイゴン関連御容赦くださいm(_ _)m
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gooニュース
国際ニュース 更新日時 : 2005年04月29日(金)02:59 2005年04月29日(金) (産経新聞)
あすベトナム「サイゴン陥落」30年 発展着々「戦後」と決別
越僑牽引、米と関係改善
ベトナム戦争が終結した「サイゴン陥落」から三十日で三十年を迎える。終戦を機に社会主義国家として復興と発展を目指したベトナムは今、敵国だった米国との間でも関係改善を進め、「戦後」に別れを告げつつある。戦火や戦後の混乱を避けて米国など国外に脱出していた越僑たちの一部も帰国し、経済成長の牽引(けんいん)役となっている。(ベトナム・ホーチミン=旧サイゴン、岩田智雄)
ホーチミン市内に、メコン・デルタのジャングルの村をそのまま移してきたような施設がある。
竹編みの建物や小川を備えて、「私の村」と名づけられたこの施設は、帰国した同市の越僑たちから成る「海外ベトナム人(越僑)ビジネス協会」のファン・タイン会長(50)が作ったものだ。
戦争中にベトナムを脱出したタイン氏は八五年にカナダから帰国した。現在は市内のホテル事業に投資しており、趣味はテニスとゴルフという。
同協会によると、市内には帰国した越僑の会社が約千社あり、協会には百五十五人が加盟している。このうち五十人が米国からの帰還組だ。越僑たちは事業で次々に成功を収め、同市の経済発展の一翼を担ってきた。
市の一人当たりの総所得は千八百ドルと全国平均の三倍で、今年の経済成長率目標も12%。台湾との合弁企業が開発した新興住宅地に五十万−百万ドルの豪邸が立ち並び、九十九世帯が購入した。
経済発展の一方の牽引役が台湾、中国、シンガポール、韓国、日本などからの投資であり、ベトナムはそのために米国との関係強化を待ち望む。
まだ上位十傑に入っていない米国からの投資を呼び込み、成長に弾みをつければ東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発国から抜け出す道筋も見えてくる。今夏のファン・バン・カイ首相の初訪米を実現させ、その跳躍台にしたいところだ。ベトナム共産党序列四位のチェット同市党委員会書記は「過去は脇に置き、話し合いで対米関係を前進させたい」と“未来志向”を強調した。
多くの米国人観光客も訪れるようになった。観光ガイド業者のグエン・バン・ホイさん(36)によると、贖罪の気持ちで訪越した米国人は住民の歓迎ぶりに驚くという。
ホイさんは「わが国は中国、米国、フランス、日本など、多くの国々と戦争を繰り返してきた。過去の敵の名前を挙げ始めたら、友人はいなくなってしまう」と話す。
戦争の遺恨が完全に消えたわけではない。
タイン氏は「私の村」で、「米国人には見せない」と言う一室に案内してくれた。サイゴン陥落の日を再現した彫刻が壁いっぱいに施され、「米帝国主義は出ていけ」の横断幕が描かれていた。多くのベトナム人が戦争の痛みを心の奥にしまいこみ、戦後と決別しようとしているようである。
【戦後のベトナムの主な動き】
1975年 4月 サイゴン陥落。ベトナム戦争終結
76年 7月 南北統一
〜後略〜 ______________________________________
ベトナムは「強国」ですね
グエン・カオ・キ元副大統領談
「南にとって問題だったのは、常に、ビッグブラザーであるアメリカがいたという事です。私達の前後左右、どちらを見ても、何をするにもアメリカがそばにいてくれたのです。
スモールブラザーの我々になにか問題があると、いつも、どんな面倒もみてくれていた。
そのために、我々は怠け癖がついて、いつのまにか頼りすぎるようになっていたのです」
(わが地方も開発局にどっぷり浸かってた土地柄だし、怠け癖がついてるかも・・他人事じゃないよなぁ)
もうひとつサイゴン関連御容赦くださいm(_ _)m
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国際ニュース 更新日時 : 2005年04月29日(金)02:59 2005年04月29日(金) (産経新聞)
あすベトナム「サイゴン陥落」30年 発展着々「戦後」と決別
越僑牽引、米と関係改善
ベトナム戦争が終結した「サイゴン陥落」から三十日で三十年を迎える。終戦を機に社会主義国家として復興と発展を目指したベトナムは今、敵国だった米国との間でも関係改善を進め、「戦後」に別れを告げつつある。戦火や戦後の混乱を避けて米国など国外に脱出していた越僑たちの一部も帰国し、経済成長の牽引(けんいん)役となっている。(ベトナム・ホーチミン=旧サイゴン、岩田智雄)
ホーチミン市内に、メコン・デルタのジャングルの村をそのまま移してきたような施設がある。
竹編みの建物や小川を備えて、「私の村」と名づけられたこの施設は、帰国した同市の越僑たちから成る「海外ベトナム人(越僑)ビジネス協会」のファン・タイン会長(50)が作ったものだ。
戦争中にベトナムを脱出したタイン氏は八五年にカナダから帰国した。現在は市内のホテル事業に投資しており、趣味はテニスとゴルフという。
同協会によると、市内には帰国した越僑の会社が約千社あり、協会には百五十五人が加盟している。このうち五十人が米国からの帰還組だ。越僑たちは事業で次々に成功を収め、同市の経済発展の一翼を担ってきた。
市の一人当たりの総所得は千八百ドルと全国平均の三倍で、今年の経済成長率目標も12%。台湾との合弁企業が開発した新興住宅地に五十万−百万ドルの豪邸が立ち並び、九十九世帯が購入した。
経済発展の一方の牽引役が台湾、中国、シンガポール、韓国、日本などからの投資であり、ベトナムはそのために米国との関係強化を待ち望む。
まだ上位十傑に入っていない米国からの投資を呼び込み、成長に弾みをつければ東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発国から抜け出す道筋も見えてくる。今夏のファン・バン・カイ首相の初訪米を実現させ、その跳躍台にしたいところだ。ベトナム共産党序列四位のチェット同市党委員会書記は「過去は脇に置き、話し合いで対米関係を前進させたい」と“未来志向”を強調した。
多くの米国人観光客も訪れるようになった。観光ガイド業者のグエン・バン・ホイさん(36)によると、贖罪の気持ちで訪越した米国人は住民の歓迎ぶりに驚くという。
ホイさんは「わが国は中国、米国、フランス、日本など、多くの国々と戦争を繰り返してきた。過去の敵の名前を挙げ始めたら、友人はいなくなってしまう」と話す。
戦争の遺恨が完全に消えたわけではない。
タイン氏は「私の村」で、「米国人には見せない」と言う一室に案内してくれた。サイゴン陥落の日を再現した彫刻が壁いっぱいに施され、「米帝国主義は出ていけ」の横断幕が描かれていた。多くのベトナム人が戦争の痛みを心の奥にしまいこみ、戦後と決別しようとしているようである。
【戦後のベトナムの主な動き】
1975年 4月 サイゴン陥落。ベトナム戦争終結
76年 7月 南北統一
〜後略〜 ______________________________________
ベトナムは「強国」ですね
これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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