>数学
投稿者: kkohshien2 投稿日時: 2003/07/31 00:24 投稿番号: [186 / 7270]
武士のみならず、江戸時代は町人、職人
農民まで数学が出来ました。町人、職人は当然の事ながら、農民までというのは
年貢を納入する為です。
寺子屋には算術専門の寺小屋もありました。
全長43kmの玉川上水は高低差100mで同じ流速で取り入れ口である西多摩郡羽村町から四谷大木戸まで水を流していた。玉川上水は江戸町民の飲料用水及び武蔵野の新田開発の目的で、武蔵の農民庄右衛門、清右衛門兄弟が、松平家の資金援助を受け、1653年4月着工し、54年6月に完成した。
彼等が測量に用いた道具は、ソロバンと曲尺、そして水を入れた四角な箱と糸だけであった。箱の水で水平面を知り、仰角を知る為に糸を張り、曲尺とソロバンで測量計算をした。
3kmのトンネルを両サイドから掘った箱根用水、伊能忠敬の日本地図も数学のレベルが高くなければ出来ないことであったと言われています。
それに比べ李氏朝鮮末期に於いてもその様な学校は無く、識字率20%以下の教育水準、貨幣経済が発達しておらず物々交換経済で商業資本はおろか工業資本の蓄積がゼロの状態=ホボ現在のアフリカの途上国と同様な国が自力で経済発展することは現代の状況を見ても不可能。
その同志社大学の教授は教授の名に値しないバカと言い切れます。
これは メッセージ 180 (hontonokotoga_shiritai さん)への返信です.
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