証言
投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2004/10/13 11:37 投稿番号: [1738 / 7270]
人の記憶というものは、残念ながら信憑性にかけるところがあります、時間が経てば経つほど「後付け」の知識が入り込み、
事実と混同されることが多々あるからです。
この「3才の頃の証言」もそういった要素があると思います。
母親がウソを言っているとは全く思いません、「父親が目の前で首をはねられた」というのは「事実」だと思います、しかし
それが「日本軍」という事実には、疑問が生じます、母親が「日本軍」と何を以って判断したのか・・・それが重大ではないかと。
日本軍の軍服を着ていた、日本語を話していた、日本軍人だと自ら名乗った・・・そういう事からなら
「違う」可能性もあるでしょう。
あと、よくこのカテで言われる「朝鮮人の日本軍人」もありでしょう
(だとして、それなら日本軍のせいではないとは思いません、当時は「日本人」なのですから。ただ、現韓国人が日本人だった
「事実」を認めないのなら、日本軍の行為ととして括るべきではないと思います)
よく事あるごとに「蛮行・残虐行為」と言われるけど、何をしてそう言うのか?
連合軍と比べたのでしょうか?それとも近代の戦争?
他軍と比較してそういった事が多かったのなら仕方ないとも思う所ですが、決してそうではない所が腑に落ちません。
こういう物言いをすると「では。他より少なければあってもいいのか!」とサヨ思考の人は言いそうですが、
日本軍だけに謝罪・賠償を言うのであれば、こう言った検証は必要だと思います。
私自身、少なければよいなどとは思っていません、かけがえの無い存在が残虐に殺されてよい気がするはずはない
そういった心情は理解します。
しかし、戦争というものがどんな行為なのかを考える時、平和な時代の倫理観では測るべきではないはずです。
人を殺して誉められるは戦時だけです、そんな行為が平和な時に認められるはずがないのは、誰にでも解る事でしょう。
戦時とは「異常な状態」であるのは間違いありません、でも、だからこそ検証は難しいのだと思います。
そして検証の際、感情を排除しなければ決して「正しい検証」もできないと思うのです。
感情の話をしたいのなら感情だけで話してほしい、検証されていない事実は絡めるべきではないと思います。
これは メッセージ 1723 (honto_gou さん)への返信です.
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