asahiのコラム(9月21日)より
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/30 00:15 投稿番号: [1684 / 7270]
「欧州どまんなか」
September
21, 2004
↓「ポーランドの賠償請求」
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20040921.html
______________________________________
ポーランドの賠償請求
美濃口 坦
ミノクチ・タン
1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
先週の土曜日に新聞を読んで、度肝を抜かれたドイツ国民も少なくなかったのではないのか。というのは、見出しに「ドイツに対してポーランド議会が戦争賠償の請求決議」とあったからだ。記事によるとポーランドの各地で第二次大戦中にこうむった被害を計算中で、首都ワルシャワで350億ドルという戦災被害額がはじきだされたとある。
ポーランド議会では329名の議員のうち一人だけが棄権し、残りの328名がこの決議に賛成した。ひところドイツは、日本で「戦後処理模範国」としてほめられたのに、なぜこんな話になったのだろうか。
ポーランドの賠償請求であるが、この国は今までに少なくと二度は賠償請求権を放棄している。最初は戦後間もない1953年で、そうなったのは、それまで東独から過酷に賠償を取り立ててきたソ連が、西側陣営に対抗するため、東独に親切な顔をする必要があったからだ。ポーランドというよりソ連の決定に近い。
ポーランドは当時隣国の東独に対してのみ放棄したつもりでいた。分裂国家であることを認めずに、「統一ドイツ」が法的に存在しているというのが、戦後西ドイツの国是であったから、ポーランドの賠償放棄もこの国是に合うように、西ドイツでは理解された。1970年ブラント首相(当時)がワルシャワのユダヤ人ゲットー跡地でひざまずいたが、このときにドイツの外交官は、お得意の法律論を展開して、ポーランド側に「統一ドイツ」にも賠償を放棄したことを認めさせるのに成功する。
ポーランド議会は今回どんな思惑から賠償請求を決議をしたのだろうか。
第二次大戦の結果、オーデル・ナイセ川以東のドイツ領土からドイツ人は追放され、ポーランド人が居住するようになった。このオーデル・ナイセ線が東西統一でドイツとポーランドの最終的国境線になる。
こうしてドイツはオーデル・ナイセ以東の領土喪失を認めたが、問題はポーランドから追放されたドイツ人の財産権のほうである。この私権のほうは、国家の領土主権の放棄と無関係に存続するというのが、ドイツ政府の公式の立場である。
ここで接収財産に対する個人の権利も喪失したことにしたら、(ポーランドに代わって)今度はドイツ政府が自国民に対して接収された財産の賠償をしなければいけない。そうしたくないためにドイツ担当官庁は、土地・家屋を失ったドイツ人からの問い合わせには、ポーランドに対して財産請求権を行使するべきであると回答している。
〜続く〜
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↓「ポーランドの賠償請求」
http://www.asahi.com/column/aic/Tue/d_tan/20040921.html
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ポーランドの賠償請求
美濃口 坦
ミノクチ・タン
1970年から京都ドイツ文化センター勤務。1974年ミュンヘンに移住。1980年から1991年まで書籍販売業。人生の大部分を通訳、翻訳、教師等で日銭を稼いで生きてきた「フリーター」先駆者。この数年来、日独のメディアに寄稿。訳書「比較行動学」(アイブル=アイベスフェルト)
先週の土曜日に新聞を読んで、度肝を抜かれたドイツ国民も少なくなかったのではないのか。というのは、見出しに「ドイツに対してポーランド議会が戦争賠償の請求決議」とあったからだ。記事によるとポーランドの各地で第二次大戦中にこうむった被害を計算中で、首都ワルシャワで350億ドルという戦災被害額がはじきだされたとある。
ポーランド議会では329名の議員のうち一人だけが棄権し、残りの328名がこの決議に賛成した。ひところドイツは、日本で「戦後処理模範国」としてほめられたのに、なぜこんな話になったのだろうか。
ポーランドの賠償請求であるが、この国は今までに少なくと二度は賠償請求権を放棄している。最初は戦後間もない1953年で、そうなったのは、それまで東独から過酷に賠償を取り立ててきたソ連が、西側陣営に対抗するため、東独に親切な顔をする必要があったからだ。ポーランドというよりソ連の決定に近い。
ポーランドは当時隣国の東独に対してのみ放棄したつもりでいた。分裂国家であることを認めずに、「統一ドイツ」が法的に存在しているというのが、戦後西ドイツの国是であったから、ポーランドの賠償放棄もこの国是に合うように、西ドイツでは理解された。1970年ブラント首相(当時)がワルシャワのユダヤ人ゲットー跡地でひざまずいたが、このときにドイツの外交官は、お得意の法律論を展開して、ポーランド側に「統一ドイツ」にも賠償を放棄したことを認めさせるのに成功する。
ポーランド議会は今回どんな思惑から賠償請求を決議をしたのだろうか。
第二次大戦の結果、オーデル・ナイセ川以東のドイツ領土からドイツ人は追放され、ポーランド人が居住するようになった。このオーデル・ナイセ線が東西統一でドイツとポーランドの最終的国境線になる。
こうしてドイツはオーデル・ナイセ以東の領土喪失を認めたが、問題はポーランドから追放されたドイツ人の財産権のほうである。この私権のほうは、国家の領土主権の放棄と無関係に存続するというのが、ドイツ政府の公式の立場である。
ここで接収財産に対する個人の権利も喪失したことにしたら、(ポーランドに代わって)今度はドイツ政府が自国民に対して接収された財産の賠償をしなければいけない。そうしたくないためにドイツ担当官庁は、土地・家屋を失ったドイツ人からの問い合わせには、ポーランドに対して財産請求権を行使するべきであると回答している。
〜続く〜
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これは メッセージ 1683 (usagigamemaimai さん)への返信です.
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