満韓を視察して086〜
投稿者: nishina3777 投稿日時: 2004/06/16 13:28 投稿番号: [1315 / 7270]
道行である。かくして土耳古には青年土耳古党が起った。支那今日の年少革命の志士も、皆外国の留学によって思想の洗礼を受けたものである。知識の開発が必ずそれ自身の地位の自覚を伴う事は当然の成行である。独り不明固陋なる輩は、この自然の成行を覚らずしてその原因を他に嫁せんとするのである。曾て慶親王は、支那の在日留学生が殆どことごとく革命の思想を抱いて帰るのを見て、これを孫逸仙〔孫文〕一派の煽動に帰し、その追放を伊藤〔博文〕公に求めた事があると聞いて居る。朝鮮当局者が朝鮮留学生の態度に就て憂うるの状、あたかも慶親王の如きものあるは、予の甚だ奇怪とするところである。朝鮮人が日本統治の恩沢によりてだんだん立派な教育を受け、だんだんその知識を進むるに至れば、それだけだんだん悧功になって、従来のように御し易いものではなく、中には多少手におえないものも出来るのは致し方が無い。中にはむろん革命的独立思想を抱くものも起るであろう。当局者としては誠に厄介な事ではあるけれども、かくなるは事物当然の道理として已むを得ないのである。聡明なる政治家は、これらの現象を或る特定の原因に基く異常の出来事と見做さず、すべからくこれを事物当然の成行と初めから覚悟して、その上でこれに応ずる適当の策を講ずべきである。これは面倒ではあるけれども、一番確かな道程である。一挙にこれらの思想を撲滅せんとするが如きは、一見捷径のようではあるけれども、実は極めて危険なる権道である。もしこれを面倒と思うならば、初から朝鮮人を教育しなければよい。初から朝鮮人の開発を計らなければよい。
なおここに一つどうしても見遁してはならぬのは、朝鮮人の真の開発を計って居るものは朝鮮に在って日本人ばかりでは無い。その外に外人殊に亜米利加の宣教師〔プレスビテリアン=長老派とメソディスト=監理派が多い〕が多くあると言うことである。かりに日本政府がいかに鮮人の開発を不便とし、
これは メッセージ 1285 (nishina3777 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdibf4bcta4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/1315.html