満韓を視察して 65
投稿者: yusura_sdhk 投稿日時: 2004/06/13 14:43 投稿番号: [1257 / 7270]
於て一度我国に対して文明の先達であったということを知って居る。伊藤公以来、今日まで所々方々の墳墓などで発掘されたいろいろの古代の美術品は、朝鮮古代の文物の燦然たりし有様を今や始めて実物を以て目のあたり我々に示すのである。たとい今日いかに頽廃衰残を自覚して居っても、甘んじて他国の支配を受くるということは、彼等の決していさぎよしとする能わざるところである。日本人の間にはややもすれば、支那人や朝鮮人などは多年虐政にくるしんで居ったから、その虐政から救うてくれるものであれば、一も二もなくこれに帰服すると考えて居る人が多い。否日本人ばかりではない。朝鮮人、支那人それ自身の間にすら、現に非常な虐政に苦しんで居る際には、困窮のあまりこれを救うてくれるものがあれば、そのなんびとたることを問わざらんとするものがある。現に上海辺に居る商売人の間には、自分の経済的利害の打算上、むしろ支那が大正皇帝の治下に帰した方が満足だなどと言う者もあるとて、我国の有力なる某実業(家?)が、支那人のいわゆる日支合併論を以て相当の勢力ある説なるかの如くに説いたのを聞いた事があった。しかしかくして朝鮮人にしろ支那人にしろ、善政をさえ布いてやれば、彼等は全然無条件に日本の統治に満足するものなりと断定するならば、これ独立民族の心理を解せざるの甚しきものである。なるほど朝鮮民族は、歴史的に観て日本民族と最も種族的の関係が近い。したがって日韓両国の接近提携ということについては非常な便宜があるということは疑がない。けれどもしかし、いかに従来虐政に苦しんだとはいえ、一転して外国の支配を受くるということは、独立国民たるの自尊心と相容れない。一時虐政に苦むのあまり、なんびとでも来って我の苦を救えと叫んだその者自身すら、忽ちにして外部からの支配を■うようになるのが、古来の歴史の示すところである。足元の危げな二つ三つの子供ですら、後から大人に襟首を掴まれることは好まない。転ぶの危険があっても、独りで
これは メッセージ 1255 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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