【生姜】 在日は境界線上の民ニダ!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/10/07 13:36 投稿番号: [364 / 3880]
境界線上、つまり、どっちつかずって事だねぇ。
>在日二世の「アイデンティティー」とは。いわく「いまだ答えが見つからない。日本を祖国とも言い切れない」。故郷もアイデンティティーも、在日朝鮮人のなかで見つけるしかない。日本のヘテロトピア(異質な場所)に置かれ、日本のエッジ(ふち)に追いやられた在日の過去は暗い。
アイデンティティが見つからないのを、イルボン=他人のせいにばかりしているから、解決出来ないのさ。
つまり、腹を括れないのさ。
ダラダラとイルボンにいながら、子々孫々、子供らが生まれて育ってくるたびに、「ねえ、なんでボク(ワタシ)は日本人じゃないの?」と問われ続けるのか、多少の居心地の悪さはガマンしてでもウリナラに帰国し、次世代には完全に国籍もアイデンティティも一致させるか。
そりゃあ後者だろう? カンタンじゃんか?(笑)
>「いま、自分の置かれている状況は〈非常に不安定〉である。それでも、この不安定な状況を思考の拠点にするしかない」。多分、沖縄も、被差別部落もアイヌも同様に「境界上」に追いやられ、また置かれている状況は、日本という国が国家策略の過程で仕組んだもの—だと見抜く。
そうやって、他者を巻き込んで、「日本の中の在日国=自分らだけ居心地がいい=ご都合主義」のコミュニティを作ろうってわけだろ。
何よりまず、沖縄県民もアイヌも、祖国は「日本」であって、キサマら朝鮮人とは別だ。キサマらには帰るべきれっきとした国があるんだからな。
>「この事実は、日本の社会のなかで、異質なものを絶えずつくり出してきたという、生きた証拠だと言える。近代国家は同質化を強行に進めていく半面、異質な存在を分泌することで、差別の構造をつくってきた。狡猾(こうかつ)にも、同質化しない日本人の一部を残したのである」
1945年までは日本は朝鮮を同質化しようとした。しかし、敗戦により、その義務も権利も無くなっただけだ。あとは、朝鮮人は新たに独立出来た祖国に帰るだけで良かっただけだ。
それだけの事だぞ。
つうか、生姜って、いわゆる「エセ・インテリ」なんだよな。
「エッジ」とか「ヘテロトピア」とか、ある程度英語が分かる人間には「ああ」と分かるが、そうじゃない人間には、とりあえず小難しい専門用語を使う、もっともらしい事を言っているかに聞こえる、知識に乏しい人をケムにまく「学者サン」なんだよ。
つまり、生姜自身が、自分と他者との間に一種の塀・堀を張り巡らす、甘ったれのエセ学者なのさ。
ttp://www.okinawatimes.co.jp/spe/kaizu20021120.html?PSID=5f6087f69ea9d796
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これは メッセージ 1 (mangetsujou さん)への返信です.
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