ハメル村
投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2013/01/25 12:16 投稿番号: [1095 / 1105]
記事入力 : 2013/01/25 11:19
韓国・オランダ交流の象徴「ハメル村」建設へ
/全南・康津
1653年にオランダ船が難破、乗組員らが抑留される
1653年、日本に向かったオランダ船スペルウェール号が済州道沖で難破し、乗組員のヘンドリック・ハメル(1630−92)らが朝鮮王朝によって抑留された。その歴史的な場所が、朝鮮王朝時代に全羅道の陸軍の総司令部が置かれていた全羅南道康津郡の「全羅兵営城」だった。その近くの村でつらい抑留生活を送っていたハメル一行についてのエピソードが、今日まで語り継がれている。その場所に、韓国とオランダの交流の象徴となる「ハメル村」がつくられることになった。
康津郡の姜珍遠(カン・ジンウォン)郡守(郡の首長)は24日「今年から2016年にかけ、兵営城やハメル記念館、アーチ橋、天然記念物のイチョウなどの観光資源を有する兵営面に『ハメル村』を建設する」と発表した。建設費として国費や郡の予算を含め150億ウォン(約12億6600万円)を投じる見通しで、今年末から基盤工事に着手する。
現在、兵営城の近くにはハメル記念館(写真)が建てられている。これは康津郡が2007年、ハメルの故郷のオランダ・ホルクム市と姉妹都市提携したのに合わせ開設したもので、約200点の遺品などが展示されており、またハメルの銅像も建立された。同郡は記念館の周辺(広さ約1万5000平方メートル)にチューリップ畑や風車通りを整備し、またスペルウェール号を復元する計画だ。
ハメル一行は兵営城の南門の外側で、7年余りにわたってつらい抑留生活を強いられ、その後麗水を経て朝鮮を脱出、本国に帰国した後『朝鮮幽囚記』を著し、朝鮮の存在を欧州に知らしめた。ハメルの仲間の一部は朝鮮人女性と結婚し、子どもをもうけたという記録がオランダに残っている。
光州=クォン・ギョンアン記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
これ、朝鮮にとって恥だろ?
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